第324話

「もう許さん! 死ね! 小僧!」

 ソフィアの爪が、タカトを襲う。

 二人の間の空間を切り裂く爪が鋭くまっすぐに伸びていく。

 だが、しかし、タカトは一向に動かない。

 やっぱり動けないのか……

 タカトの左目にソフィアの爪が。

 鋭利な爪先が、左目にかかる前髪に触れた瞬間、その黒線を切り分けて、はらりと落とす。

 さらに速度を上げる爪。

 白目を貫く!

 と、思われた瞬間、タカトの姿が突然、消えた。

 ソフィアの視界からタカトの姿が、瞬時に消え去った。

 鋭い爪がタカトの左目があったであろう空間をむなしく貫いた。

 そして、それと同じくして、ソフィアが口から胃液が吐き出されていた。

 勢いよく飛びちる飛沫が黒い空間に白糸を引き、落ちていく。


 ガハァ!

 ソフィアの表情が苦痛に歪んでいた。

 崩れゆくソフィアの腹部にタカトの右ひざが突き刺さっていたのだ。

 タカトの顔をかすめたソフィアの爪が力なく落ちていく。

 ――早い……

 徐々に下がりゆくソフィアの目が、体を接するタカトを見上げた。

 ――この私よりも早いのか……

 だが、そこにさらに、追い打ちが!

 がら空きとなったソフィアの背中に、タカトが剣の束を叩き込む。

 グホォ!

 もはやソフィアの口からは悲鳴すらも聞こえてこない。

 ただ、再び、白き液体をまき散らすのみであった。

 反り返ったソフィアの体が、床に叩きつけられ、激しく跳ね返った。

 紫色の長き美しい髪が遅れながら舞い上がる。

 既に緑の瞳孔が開ききり、その瞳の輝きを失っていた。


「今だ! タカト! とどめをさせ!」

 ミズイは叫んだ!

 だが、その声は涙で打ち震えていた。

 そして、ミズイは、ソフィアから目をそらす。

 両手を固く握りしめ、目をつぶる。

 マリアナの最後を見るのは嫌だ……


「へっ?」

 だが、タカトから返ってきた言葉は、間の抜けた返事。


 !?

 咄嗟にミズイは、タカトを確認した。

 そこには、剣を両手で持って、へっぴり腰で震えるタカトがいた。

 いつものタカトだ。

 もしかして、コイツ、正気に戻ると戦えないとか……

 だが、そんなことはどうでもいい。

 もはやソフィアは、今、タカトの足元でのびているのである。

「タカト! その剣で、ソフィアの胸を突き刺せ!」


「えっ! 俺が!」

「お前しかおるまいが!」

「えぇぇぇえ!」

「ビン子に手をかけた張本人ぞ! やれぇぇえぇ!」

 タカトは、剣を逆手に持って振り上げた。

 しかし、頭上に掲げられた剣は、そこでまた動きを止めた。

 ソフィアの胸先を指し示す剣先が小刻みに揺れている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る