第323話

「いつまでもつかな!」

 羽を何度もしならせ突風を出し続けるソフィアは、薄ら笑いを浮かべていた。

 まるでその笑みは、自らの勝利を確信したかのように。

 そして、とどめとばかりに、ひときわ大きく肩羽がしなった。

 大きく広がったその羽の色鮮やかな模様が、背後のどす黒くくすんだ空間を全てすくい取り、今まさに舞い戻ろうとする。

 しかし、その刹那、ソフィアの視界の片スミに何かが走りぬけた。


 ――何だ?

 ソフィアがその何かへと視線をずらす。

 しかしそこには、何もない。

 だが、その瞬間、ソフィアの蝶の片羽が赤き血をまき散らしながら、背中からちぎれ飛んだ。


 ギャァァぁァァぁ!

 ソフィアの悲痛な悲鳴が部屋中にこだまする。


 その背後には、上段から振り下ろされたと思われる一本の白き剣先が、地面を指し示していた。

 その剣の刃が鈍く光を放ちながら、その動きをピタリと止めている。

 輝く白き刃の上を鮮やかな赤いしずくがゆっくりと流れゆき、ついに刃先から床へとポトリと滴り落ちた。


 そう、その剣はソフィアが捨てた剣。先ほどタカトが拾おうとしていた剣であった。

 その剣の束は、一人の男の両の手によって強く握りしめられていた。

 ウソか、真か、その男は、タカトである。

 渾身の力を込めた一刀のもとに振りぬいたタカト。うつむくその口角から白き息が吹きこぼれてゆく。

 両手で握る一振りの剣の背からは、生気の揺らめきが立ち上る。

 いや、剣だけではない。タカトの体からも生気が湯気のようにたゆたう。

「こいつ! いつの間に!」

 肩を押さえるソフィアの声が、激痛に耐え震えていた。


「タカト!」

 ミズイは、顔を明るくさせ、叫んだ!

 安堵からなのか、神の盾を解く。

 しかし、タカトの反応はない。

 というか、動かない。

 剣を振り下ろした姿のまま動かないのである。

 この男、この後のソフィアの反撃を警戒しているのであろうか。

 だが、いまだにソフィアに対して横顔を向けるタカトの姿は、控えめにいっても隙だらけ。


 ――もしかして……

 ミズイは目を凝らす。

 目を真横に引っ張って、薄暗い先のタカトの姿を凝視する。

 いまだ額にたんこぶを持つタカトは、痛がる様子もないようだ。

 いつものタカトなら、たんこぶを押さえて大騒ぎをしているはずである。

 だって、アイツはかまってちゃん!

 それが、今はおとなしい。

 異様なほど、静かなのである。

 それもそのはず。

 奴の目は白目をむいていた。


 ――もしかして、アイツ……気を失っておるのか……

 なんだか、ミズイは、体中の力が抜けたような気がした。


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