第669話 眼色改変コンタクト

 だが、そんな問題も、ハイグショップに戻ったクロトによってあっという間に解決してしまった。

 というのも、いまだハイグショップの店内に積み上げられた段ボールのベッドの上では、ビン子がまだ高いびきをかいていた。

 クロトは、そのまぶたをそっと摘み上げたのだ。

 当然、それを見るタカトは急いで制止しようと声を上げた。

「クロト! ちょっと待った!」

 そう、ビン子が神様であるというは権蔵とタカトだけが知っている秘密なのである。

 もし、金色の瞳が他の人にしれようものなら、神の恩恵を求めてビン子を祀り上げることだろう。

 だが、ビン子は記憶を失った神……神の恩恵など何も持っていないのだ。

 そんな事実が分かったとすれば、偽物! 曲者! ぼったくり! などとののしられビン子が傷つけられてしまいかねないのである。

 それだけは避けたい。

 一人、権蔵の奥座敷で過ごしていたビン子……

 まるで心の扉を開けるがごとく、部屋から出てきたとき流した涙……

 あの時から、ビン子は神様ではなくて自分の愛する家族になったのだ。

 愛する?

 愛する人……?

 大切な人?

 ――俺にとって、かけがえのない人……

 いやいやいや! ビン子だぞ!

 決して、愛する彼女とかじゃないからな!

 ただの妹! 愛する家族!

 そんな家族を守りたい!

 いや守る!

 だがしかし……今、クロトにその事実がバレようとしているのだ。

「ビン子の目は黒で間違いないって!」

「黒? てっきり金色だと思ってたんだけどなwww」

「げっ! なんで知ってんだよ!」

 って、簡単に認めるなよwww守るんじゃなかったのかよwww

 まあ、タカト君、嘘が下手な性格。すぐに態度に出ちゃいますからね。

「だってww本人が言ってたじゃないかwww私は神様だってwww」

 確かにそうだった……融合加工コンテストの帰り道……ウ○コまみれで通った土手の上……ビン子は頼まれてもいないにもかかわらずクロトの持っている優勝カップをサッと取り上げると「デスラーですら~」という文字をグリグリと黒で塗りつぶし、その上に「タコ踊りだけど、かみさまのビン子だよー♡」と大きく書き込んだのであった。

「いやいや、普通、そんな言葉、信じないでしょ!」

「でも、融合加工コンテストのステージの上で神の盾を展開していたでしょwww」

 マジか! あの状況を見てたやつがいたよ! ここに居やがったよ!

「あ……あれはその……」

 融合加工コンテストのステージの上、タカトの腕に巻かれたカクーセル巻きから噴き出されるウ○コ混じりのカレー砲。

 右に左にと容赦なく打ち付けられた。

 そして当然に、その砲撃はステージ下の観客席にも向けられたのである。

 沸き起こる阿鼻叫喚!

 だが、そんな怒号と悲鳴がどよめく会場では、ビン子の様子など誰も気にしていないとタカトは思っていた。

 だけど、一人、クロトだけはステージの様子をしっかりと観察していたのであった。

 え? 飛び散るウ○コはどうしたのかって。だいたいクロトはウンコのしぶきをかぶってないだろうって?

 よくご存じでwwwwたしかに、川原であった時には全く臭くなかったwwww

 でもね、そんなのあたりまえ。

 だって、クロトはちゃんと傘をさしてウ○コの雨を防いでいたのだから。

 ちなみに、この日の降水確率20%! って、超ビミョウwww

 でも、こんな時であっても、もしもの備えをするのがクロト君なのであります。

「大丈夫だって、別に神様だからって神の恩恵を授けてもらおうとなんて思ってないよ。というか、そんな力、ビン子ちゃんにはないんでしょ」

「うっ! どうしてそこまで……」

「だって、ビン子ちゃん、ウンコまみれで途方に暮れていたんだからwww普通、神様だったら自分の力で何とかしちゃうでしょwww」

「確かに……」

「でも、そんなビン子ちゃんの目は、どうして黒いんだろうねwww」

 そういうクロトの顔がどんどんとビン子の頬に近づいていく。

 その近接する様子はまるで眠れる姫にキスをする王子様。

 そして、そんな様子を見るタカトはなぜかドキドキ、いや、イライラ!

 ――ビン子の奴! なんで起きないんだよ!

 瞳にクロトの姿がうつるぐらいにまぶたをこじ開けられているにもかかわらず、口からよだれを垂らしているのだ。

 ――もしかして、ビン子の奴、これはチャンスと思って、キスなんか期待してないだろうな!

 もう、居ても立ってもいられない。

「おい! クロトもういいだろ!」

 だが、クロトはビン子から離れない。それどころか、そっと唇と唇を重ねようとしたのである。

 さすがにそれを見たタカトはクロトの肩をつかんだ。

「ちょっと待てよ! どさくさに紛れて何をしようとしてんだよ!」

 振り返るクロトはニコニコと笑みを浮かべていた。

「実はコンタクトの観察はすぐに終わったんだけど、タカト君の反応が面白くてねwww」

 そう、横目で見るタカトは何か落ち着かない様子でソワソワしているのだ。

 なんなら、もっと近づけてみたらどんな反応をするのだろう。

 クロトの中に、ちょっと意地悪な好奇心が芽生えたのである

「もしかして、俺をからかっただけかよwwww」

「いや、タカト君が止めなかったらそのままキスをしたかもしれないけどねwww」

 え!?

 冗談だと思ったタカトはクロトに笑顔を向ける。

 だが、そこには真顔のクロトの目がじっとタカトに向けられていたのだ。

「オイ! クロト! 冗談だろ! だいたいまだ、会って数時間しかたってないだろうが! それなのに、ビン子を好きになったとか言わないよな! 」

 そう、長々と原稿を書いてきたが、この時点で融合加工のコンテストが終わってから8時間ほどしかたっていないのであるwww

「うーん、好きとかという感情はよく分かんないんだけど……何か人として大切にしないといけない……いや、母性のようなものを感じるんだ……」

「ビン子に母性wwwwないないwwwwそんなのwwww」

「君は気づいていないかもしれないけど、おそらく、人が本能的に感じる安堵感、母なる海に抱かれるような感覚を持つんだよ。彼女には」

「なんだそれwww」

「そして……タカト君……君は常にニコニコと笑顔がたえないんだけど……なにか赤黒い寒気を感じるときがあるんだ……」

 ドキッ!

 それを聞くタカトは一瞬固まった。

 というのも、タカト自身、思い当たる節があるのだ。

 時折、腹の底から、なにか赤黒いものが這い上がってタカト自身を奪い取ろうとしている感覚があることを。

 その恐怖を思い出すとタカトの腕は小刻みに震えだす。

 そんな腕を無理やり押さえつけ、何とか声を絞り出した。

「おい……おい……そんな怖いこと言うなよwwww」

「まぁ、ただの気のせいかもしれないけどね」

「そうだよ、クロトの気のせいだよwwwあはははは……」

「でもね……ビン子ちゃんに感じた気持ちは本当かもしれないよwww」

「やめてくれよwwwそんな怖いこと言うのはwwww」

 ということで、クロトはそそくさと融合加工をはじめ、朝を迎えるころにはビン子の瞳に入っていたコンタクトを模して、スグルの瞳を黒色に変えたのである。

 あれ……?

 そうなると、この眼色改変コンタクトの融合加工を成功させたのは権蔵じいちゃん?

 ――まぁ、そんなことはどうでもいいかぁwww

 と眠気まなこをこするタカトはついに、そのままビン子が眠る段ボールの山にもたれかかりグガーといびきをかきだした。


 ハイグショップに朝日が差し込みだしたころ。

 段ボールの上で眠っていたビン子がようやく目を覚まし、大きく伸びをする。

「はわぁぁぁぁぁぁぁ……よく寝たわ」

 ぼやける眠気まなこをごしごしとこすると、くっきりとした視界には何とも無様なものが飛び込んできた。

 そう、床の上には男たちが5人転がって眠りこけていたのである。

 ――あれ? 5人?

 ビン子が眠りにつく前には、確か4人だったはずなのだ。それが起きたときには5人になっていたのである。

 しかも、そのうち二人はチアリーダーが着るユニフォームのようなピチピチの上着にミニスカートを身に着けているではないか。

 もしかして女?

 いやいや、どこからどう見てもむさいオッサンなのである。

 しかも、よくよく見ると……

 ――これ、第六のカルロス隊長よね……

 内地に戻って、すぐに融合加工コンテストに直行したビン子の記憶には、第七駐屯地で出会ったこの時代のちょっと若いカルロスの面影がしっかりと記憶に残っていた。

 そんなカルロスがチアリーダーの格好をしながら床で転がり寝ているのだ。

 しかも……股間をボリボリとかきながら……

 もう、見るに堪えない。

 ――という事は、もう一人のチアリーダーは誰かしら?

 段ボールから降りたビン子は、その面を覗き込む。

 だが、どうにも見覚えがない。

 あたりを見回すとタカト、クロト、立花の姿は確認できた。

 という事は、これはタケシなのだろうか?

 ――でも、なんだか色が薄いような気がするのは気のせい?

 そう、目の前のオッサンは、松崎しげるのような黒というより、毛むくじゃらの黒。いうなれば、スターウォーズに出てくるチューバッカのようなのである。

 ――うーん……でも、男の人は朝になるとヒゲが生えるというし……なら、やっぱりこれがタケシさんなのかも……

 悩むビン子は、段ボールに持たれて眠るタカトにそれを尋ねようと近づいた。

 だが!

 その瞬間!


 うっ!


 ビン子は鼻を押さえて立ち止まった。

 そう、寝ているタカトから漂ってくる異臭。

 それは、何か生臭いぬるりとした香りだった。

 しかも、起きたばかりで気づかなかったのだが、どうやらその香りはタカトだけから漂っているのではないようなのだ。

 今や、立花ハイグショップの店内をどんよりと覆い尽くしているこの異臭は、そこかしこに転がる男どもから立ち上っていた。

「おぇぇぇぇぇぇえぇ」

 たまらずビン子は外に飛び出て、肺の中に溜まった汚れた空気を吐き出した。

 だって、すぐさま吐き出さなければ、何か妊娠してしまいそうな危機感を感じたのである。

 だが、この香り……どこかで嗅いだ記憶がある。

 そんなわずかな記憶をたどってみると……行きついた先はタカトの部屋。

 ゴミ箱の中に捨ててあった丸めたティッシュから漂ってくる異臭とほぼ同じだったのである。

 そう、ビン子は知っていた。この丸めたティッシュの正体に。

 それは男の子のひめゴト。隠し事。

 だけど、知っていたとしても、わざと知らないふりをしてあげるのが女の子のやさしさというものなのである。

 だが、そんな香りがなぜ今のタカトからするのであろうか。

 しかも、タカトだけでなく残りの四人からも……

 ――道具談義をしてたんじゃなかったの?

 確かにカルロス以外の4人はビン子が寝る前には道具作りにいそしんでいた。

 そんな彼らから漂ってくるのは汗と油なる臭い……のはず。

 それが、どうだ!

 目を覚ましてみると、漂ってくるのは、汗と淫なるニオイなのだ。

 ――私が寝ている間に、コイツら! いったい何をしてたのよ!

 もしかして、よからぬところに行っていたのだろうか?

 そういえば……タカトの部屋に隠していたエロ雑誌に書いてあった。

 お風呂が付いた小さな個室には女性が透き通るような肌着をまとい待っているという。

 そして、肩紐外し、するりとそれを脱ぎ捨てると、裸の男性の体を丁寧に洗いはじめるのだ。

 その後、備え付けられたベッドの上で男と女が組み体操をするというではないか!

 しかも、オプションでエアーマットの上でのヌルヌル組み体操に切り替えることもできるという。

 そして! それに気をよくした男性はついに感極まって! あっ! と、生臭いお汁を女性にぶっかけるらしいのだ。

 だが、これは、そのマッサージに対する男性のセイ○! いや、誠意らしいのだ。

 しかし、貧乏なタカトにはそのお風呂に通う金がない。

 だからこそ、夜な夜な部屋で一人、お風呂に通う妄想をしているのだ。

 そっとしておいてあげないと……

 だけど!

 ――そんなタカトがお風呂に行った?

 それを思うだけでビン子の手がワナワナと震え出す。

 だがもし仮に、この四人がそのお風呂屋さんに行ったというのであれば、そこでカルロスに出会ったとしても不思議ではないし、この場にカルロスがいる事にも合点がいくのだ。

 だが……

 だがしかし……

 やっぱり納得がいかない!

「あやつら……私が寝ている間に、お風呂に行ったのね! 私なんか、シャワーしか浴びてないっていうのに! 許せないわ! 絶対に!」 

 そんなビン子は握りこぶしを震わせながら恨みの目で5人の男がまだ眠る店内をにらみ返していた。

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