第268話 イサクの過去(2)

 十年前、イサクは人魔収容所に収監された。そして、ケテレツによって第三世代の融合加工手術を受けたのである。だが、ケテレツは単に、いち器官の融合に満足しなかった。複数の器官を融合すればどうなるのだろう。ケテレツのあくなき探究心は暴走する。人を切り刻み、あらゆる人間の器官を魔物組織に置き換える。この実験は、ある意味、魔装騎兵の強化にもつながる重要な実験であった。しかし、ケテレツにとって、第五世代の魔装騎兵など、面白くもなんともない。所詮人間の強化版である。ケテレツは、神になりたかったのだ。新しい命の創造主である神。人間や魔物を超えた新しい生命。それを作り出すことにどんどんと傾倒していった。139号のように感覚器の融合実験は、次第に、部位と部位の結合へと変わっていく。もう、ケテレツにとってベースの体が人間であることですら面白くなくなっていた。頭を魔物に置き換えてはどうだろうか? 当然、そんなことはうまくいくわけはない。拒絶反応を起こし、たちまち腐り落ちていく。ならば、腕だけならどうだろう。うまく引っ付いても、今度は人魔症を発症した。それならば、ベースを魔物にしてはどうだろう。魔物に人の首をつけてみた。結果は同じ。当たり前である。


「なぜだ! なぜうまくいかんのだ!」

 第3世代の融合加工手術はうまくいくのに、なぜ、部位と部位の置き換えができんのだ。

 もっと、いい触媒がいる。2つの組織をつなぐ特別な触媒が!

 そんな時、ケテレツはソフィアに出会ったのだ。


 そこは人魔収容所の裏にある森の中。夕暮れ時のせいか、森の中は薄暗い。

 ケテレツが実験で失敗した人魔や人の体、魔物の組織などを廃棄するために、森の奥深くに大きな穴が口を開けていた。

 天然の穴なのか、それとも人為的な物なのか、それはよく分からない。

 ただ深さとしては、ゆうに3mはあるだろう。

 そして、その広さも、6畳ほどの部屋が入る大きな円である。

 ケテレツは、その大きな穴の中に、腐った死体を投げ込もうとしていた。

 しかし、穴の中からガサガサと音がする。

 獣でも落ちたのであろうか?

 ケテレツは、台車を脇に置き、穴の中を覗き込んだ。

 しかし、暗くてよく見えない。

 ケテレツは今一度ランプを掲げ、穴の奥深くを凝視する。

 穴の中心で何やらゴソゴソと動く影。

 どうやら、獣ではなくそれは人のようである。

 しかも、女。

 間違って、穴に落ちたのか。

 ――ちっ! こんなところを見られては、生きて返せない。実験材料にでも使うか……

 ケテレツは考えた。

 しかし、おい! と声をかけようとしたケテレツは、声を詰まらせた。

 その女は、死体の山の上で膝まづき、何やらムシャムシャと貪っているではないか。

 こんな穴に食べる物などあるはずがない。

 あるのは腐った死体だけ……

 そう、あの女は腐った死体を食べているのだ。


 驚くケテレツの足から小石が穴の中へと転がり落ちた。

 穴の中でうずくまる女の動きがピタリと止まる。

 そして、ゆっくりと頭だけが動いた。

 ケテレツを見つめる赤い瞳。

 夕暮れの中にひときわ妖しく輝く赤い瞳であった。


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