第589話 マッシュ対コウテン、ついに決着!

「ゆ……許さないっす……」

 コウテンの奥歯がギリギリと音を立てる。

「貴様だけは……許さないっす!」

 レンガを掴む指先が込められた力でプルプルと震える。

「僕の初恋っだったのに!」

 えっ! あの小間使いの女とは初対面ですよね。

 しかも、横を通り過ぎていっただけ。

 会話という会話もしていないと思わるのですが……

 まぁ、恋は突然にと言いますから……


 だが、いまだに城壁の上には洗剤の泡が一面に広がっている。

 その泡の上をすべるように、マッシュが滑ってくるではないか。

 さきほど、城壁の下に取り逃がした小間使いの女をあきらめて、再びコウテンに狙いを定めたようである。


 当然、コウテンの足元にも泡が山となっていた。

 だが、今のコウテンには関係ない。

 欲求不満からの怒髪天!

 最大マックスまで蓄積された怒りが、コウテンの体を覆っていた。

 いや……これは……

奉身炎舞 炎ノ型気炎万丈ほうしんえんぶ ほのおのかたきえんばんじょう!」


 コウテンの体を闘気の炎が包み込んでいた。

 それはコウテンの体よりも大きな炎。

 まるで、スーパーヤサイ人!

 その熱は、周りの空気を焦がしていく。

 そして、その足元に広がる洗剤の泡から、たちまち水分を奪っていった。

 白く乾いた洗剤の塊の上をコウテンがゆっくりと歩みを進める。

 一歩踏み出すたびに、乾いた洗剤がひび割れてパキパキと音をたてていく


 解決策④ 泡を乾燥させる!

 そう、洗剤の泡が滑るのは、界面活性剤と水分子が結合した膜が何層も重なり、摩擦抵抗を小さくしているからなのだ。

 水にぬれた石鹸がツルっと滑るのはこのためなのだ。

 ならば、この水分子がなくなればどうなるのだろう。

 それはただの乾いた石鹸!

 乾いたせっけんなど、ドラゴンポール同様にギュッと握ることなどお茶の子さいさいなのだ!


 コウテンから発せられる炎。

 その熱量たるや、一歩踏み出すたびに足元の水分を瞬時に蒸発させる。

 今のコウテンを止めるられるものは誰もいない。


 どりゃぁぁぁぁ!

 コウテンの体が一直線にマッシュに向かって飛んでいく。


 しゅ! しゅ! しゅ!

 マッシュもまた、真正面でこれを迎え撃つ!


 ガッシン!

 二つの肉体のぶつかる音が城壁の上に鳴り響く!


 どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!

 しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!

 激しく交わる両こぶし!


 どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!

 しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!

 ドリやぁぁぁ!

 はじけ飛ぶマッシュの体!

 だが、踏ん張るマッシュの体が、再びコウテンめがけて突っ込んでくる。


 ガッシン!

 どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!

 しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!

 シュれっだぁぁぁぁぁ!

 今度は、コウテンの体がはじけ飛ぶ!

 だが、コウテンも負けじと再びマッシュめがけて突っ込んだ。


 ガッシン!

 どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!

 しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!

 度量衡原器ドリょうこうげんき

 就職氷河期!シュうしょくひょうがき

 相打ち⁉

 いや……少しマッシュの方が押しているか?

 どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!どりゃ!

 しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!しゅ!

 ドリふたーず!

 松岡シューぞう!

 バーン!

 二つ同時のカウンターパンチ!

 はじけ飛ぶ二人!


 城壁の上には二つの体が転がっていた。

 動かぬ二人。

 いつしかコウテンの体からも炎が消えている。

 そして、マッシュの体からも蒸気機関車のような音が消えていた。


 激しい拳の応酬の末についに二人は力尽きていた。

 って、どこが激しい拳の応酬?

 え? この臨場感が分からない?

 いやぁ、一度やってみたかったんだよね。

 ドラゴンポールみたいなノリ!

 違うやろ……

 あら……


 ガラ……

 砕けたレンガが転がった。

 そう、ゆっくりとマッシュの体が起き上がろうとしていたのだ。


 しかし、肩で大きく息をするコウテンは動けない。

「くそ……動かないっす……」

 そう、奉身炎舞を放ったためにコウテンの闘気はすでに切れていたのだ。

 だが、この奉身炎舞は未完成。

 コウテンたち三兄弟は、ガンエンから奉身炎舞を習ったばかり。

 才能のある三人はその形を真似することはできても、今だ神髄には到達できていなかった。

 しかし、そのおかげで奉身炎舞の結末である己が命を削り切るという最悪の結末まで到達しなかったのだ。


 マッシュがゆっくりとだが遂に立ち上がった。

 そのうなだれた体が柳の木の様に力なく揺れている。

 大きみ開かれた緑色の目だけが月夜の中でひときわ輝き、コウテンを睨みつけていた。

 それは、まるで月下の妖怪……

「オーライ!」

 その言葉と共にマッシュの体が跳ねると、一直線にコウテンの元へと突っ込んできた。


 ……早いっす!

 コウテンの目に恐怖が浮かぶ。

「僕は……死にたくないっす……」

 だが、やはり体は動かない。

 ……だれか……助けて……


 ぎゃぁぁぁぁぁぁ!

 夜風が吹く城壁の上に一つの悲鳴が上がった。

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