第274話 ケテレツのファイル(2)

 ホッとした真音子は、自分たちが身を潜めている部屋の中を見渡した。


 どうやらここは誰かの書斎のようであるが、少々趣味がわるい。

 と言うのも、部屋を取り囲むように棚があるが、その棚には、小さなビンが所狭しと並べられているのである。

 そして、そのビンの中には、目玉やら、手やら、牙やら心臓やらが液体の中に浮いているのである。

 多くのものが魔物の組織であるが、中には、どう見ても人間のそれと思われるものもあった。

 一体何が楽しくて、こんなものを部屋の中に飾っているのであろうか。


 棚に囲まれた部屋の奥には、一つの小汚い机があった。

 その机の上には、何か一つの塊が乗っているではないか。

 真音子は目を凝らす。

 頭だ……

 しかも、それは、魔物や魔人とは違う。

 どう見ても人間の頭だ……


 ドアから見るとその人間の頭は後ろ向き。真音子たちに後頭部をさらしてまっすぐに机の上に座っていた。

  しかも、その頭は、先ほどまで解剖していたのであろうか、そのてっぺんがきれいに円状に切り抜かれ、脳みそがのぞいているではないか。

 ドキッとする真音子。

 嫌な予感が一瞬頭をよぎる。


 ――まさか……タカト様の首では……


 その疑念を振り払うかのように、真音子はアルテラを掴んだまま、ゆっくりとドアから、その目の前の机へとゆっくりと近づいた。

 恐る恐る近づいていく。

 今までさんざん、人をみじん切りにしてきた、真音子にとって、いまさら人の生首など、決して怖いものではない。

 だが、もし、その首が、タカトのものであったらと……

 そのえも知れぬ恐怖にだけは、抗うことができなかった。

 真音子の足がすくんでうまく動かない。

 

 もし、その首がタカトであったら、真音子は自分が許せなくなってしまうだろう。

 あれほど、真音子自身、タカトを必ず守りとおすと決めていたにもかかわらず……

 ――さっきまで、元気に走っていたのにタカト様……

 それが、今では動かない。

 ――それもこれも、私自身の油断が招いた事なのか……

 真音子の歩幅が小さくなり、床をするように動き、机のわきを回り正面へと込んでいく。


 一方、アルテラは、恐怖のあまり、その机から遠ざかろうと反発する。

 アルテラの目が涙目になってプルプルと震えていた。


 覚悟を決めた真音子の目が、机の上の人の首を覗き込む。

 しかし、その生首の頭の皮膚がべろんと顔面に垂れ落ちて、その表情がよく見えなかった。


 真音子は、アルテラの口を押えた手を放し、恐る恐る皮をつまみあげていく。


 大丈夫……きっと、大丈夫……大丈夫……


 ――さっきまで元気に廊下を走っていたのだから、タカト様であるはずがない……

 自分にそう言い聞かせて、掴んだ指をあげていく。

 そこには白目をむいた男の表情が浮かんでいた。


 ヒィッイイイ!


 女の悲鳴が響き渡る。

 真音子の横で腕を掴まれていたアルテラが、その声と共に顔を背けた。


「よかった……タカト様ではないようですね……」

 ほっとした真音子から、力が抜けた。


 その瞬間、アルテラは、真音子の拘束を振りほどく。

 そして、振り返り、身構えた。

「あんた! 誰なのよ? なんでタカトの名前を知っているのよ!」


 蝶の仮面をかぶった女が真音子とは、全く気付いていない様子だ。

 ならば、このまま気づかぬ方が都合がいいというものである。


「私は怪盗マネー! あなたこそタカト様を野蛮な者どもに売るおつもりですか?」

「えっ! 売るってどういう事よ! ただタカトは道具を作るって言ってただけよ!」

「あなたは本当に愚かですね。救いようがないほど愚かです。あの女、ソフィアは、タカト様が、タマホイホイを作るまで監禁するおつもりですよ」

「嘘おっしゃい!」

「だったら、自分の目で確かめていらしたらどうですか」

「分かったわよ!」

 部屋を飛び出すアルテラ。

 こんな蝶の仮面をつけた女の言葉を素直に信じるとは、意外と素直な娘ねと真音子は感心した。


 そう、ここはケテレツの研究室だったのだ。

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