第273話 ケテレツのファイル(1)

「コッチのはずなのに……」

 真音子は、まっすぐと続く白い廊下を全速力で走っていた。

 流れる風が、真音子の頬を激しく吹き抜けていく。

 ――早くタカト様に追いつかないと。

 焦る気持ちが真音子の視界を狭くする。

 ――きっとまだ、前にいるはず……

 ただ、ただ、前のみをにらみ、全速力でかけていく。

 短い真音子の髪でさえ、その流れによって真音子の背後へと取り残されていくようだった。


 しかし、こんなに全速力で走っているのに、一向にタカトたちには追いつかない。

 今思えば、確かにタカトたちも廊下を懸命に走っていた。

 ただ、タカトに関しては着ぐるみを着て走っていたのである。

 そんなに早く走れるわけがない。

 ならば、すぐさま追いついてもおかしくないのであるが、いっこうにその姿が、確認できないのだ。

 まぁ、それもそのはず、その廊下をまっすぐに走っても、タカトに追いつく訳ないのである。

 というのも、真音子は脇にあるタカトたちが隠れている研究棟のドアを気に留めることなく、その前を走り抜けてしまったのだ。

 そう、今、タカトたちがいる、研究棟は、真音子のはるか後方。真音子は、前方にいるはずもないタカトの姿を懸命に探していたのである。

 ――タカト様……

 真音子は、懸命に探す。しかし、探せば探すほどタカトから離れていく。

 しかし、気だけが焦る真音子は、この状況におかしいとも思う事すらないほど、てんばっていたのだ。


 懸命に走る真音子の目の前のドアがいきなり開け放たれた。

 走る足に咄嗟に力を込めブレーキをかける。

「いやゃああぁぁぁ!」

 部屋の中から女の絶叫が駆けだした。

 ――敵か!

 身を低くして、とっさに剣を構える真音子。

 殺気立つ鋭い眼光が、部屋から出てくる影を捕らえた。

 しかし、部屋の中から出てきたのは敵ではなかった。

 そう、それはアルテラであった。

 何かにおびえる様子でアルテラがとび出てきたのだ。

 剣の束を握る真音子の手から、力が抜けた。

 しかし、アルテラは違った。

 アルテラは、真音子を見ると、再び叫んだ。

「ひいいいい!」

 もはや何を言っているのか分からない。

 それは仕方ない。

 部屋から飛び出すと、今度は目の前に、蝶の仮面をつけた変態が剣を抜こうと構えているのだ。

 生きた心地がしないでもない。

 だが、その蝶の仮面をつけたのは、一緒に温泉に浸かった真音子である。

 しかし、どうやらアルテラは蝶の仮面の為に真音子と分からない様子。


「誰か! 助けて! 誰か!」

 アルテラが泣きながら、左右の道へと交互に顔を振りながら、渾身の力を込めて大声で叫んだ。


 その声に真音子は焦った。

 ――ココで誰かを呼ばれては面倒だ!

 真音子は、とっさにアルテラの口を押さえた上で腕を掴み、アルテラが出てきた部屋へと伴に飛び込んだ。


 急いでドアを、閉める。


 口を押えられ、腕を背中に回されたアルテラは必死にもがく。

 この部屋から少しでも早く出たいかのようにドアを開けようともがいていた。

 しかし、腕を押さえられたアルテラの体は、びくともしない。

 バタバタと足だけが、無意味に目の前の空間を蹴るだけであった。

 一方、真音子は、そんな様子のアルテラを気になどしていない。

 いや、気にするほど余裕がなかったのである。

 ドアに耳を当て様子をうかがう真音子。

 ドアの外側で、音がする。曲がり角の奥から足音が聞こえてきた。守備兵たちのものだろう。

 もがくアルテラを掴む手に力がこもった。

 

 だが、足音は、部屋の中のアルテラたちに気づく様子もなく、真音子が走ってきた方向へと遠ざかっていった。


 その方向は、イサクが犬女たちと争っている方角。


 ――イサクは大丈夫だろうか……

 だが、そんなことは気にしてられない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る