第三章 人魔収容所

第240話 人魔収容所(1)

 人魔収容所内のソフィアの執務室。

 格調高い本棚に、古い本が所狭しと並んでいる。

 部屋の両脇は本だらけ。

 ここは図書館かと思うぐらい本が多い。

 部屋の真ん中に重厚な来客用のソファーとテーブルが置いてある。

 そして、その奥には窓を背にするように執務をこなす重厚な机があった。

 これまたアンティークかと思うほどの代物である。


 その机で書類を広げ、何やら作業をしていたソフィアが顔をあげた。

 さきほどまで考え事に更けていた険しいソフィアの顔が、途端にわざとらしく微笑んだ

 アルテラを確認したとたん、これまた、急いで立ち上がり、丁重にドアの入り口まで出迎えにきたのだ。


「アルテラ様。よくお越しくださいました。そちらが例の道具職人ですね」

「ハイ。こちらが道具職人のタカトです。タカト、こちらが人魔管理局局長のソフィアよ。お辞儀!」

「ちわーす。タカトでーす」

 タカトは、頭を下げた。しかし、なんの言葉も返ってこない。

 不思議に思ったタカトは、そーっと顔を上げてみた。

 ソフィアはタカトに目もくれないで、アルテラに向かって媚びをうっている。

 タカトに関しては、まるでそこにいないかのようである。

 ――オイオイ、お前が用事があるって呼び出したんだろうが!

 少々むっとなるタカト。

 ――しかし、このソフィアって言う人、どこかで見たような。

 思い出そうとするが、なぜか嫌な感じがして、体が思い出すことを拒絶する。

 じーっとソフィアの顔を見るタカト。

 この泣きぼくろのある赤い瞳。何だか吸い込まれそうになる、この感覚。


「話が長くなると思いますので、アルテラさまは応接室でお待ちいただけますか?」

「どうして、私が、ここにいたらいけないの?」

 怪訝そうなアルテラは、勝手にドンとソファーにふんぞり返った。

 マジで偉そうである。やはりお嬢様と言うのはこういうものなのだろうか。

 タカトの手前、自分はとてもえらいのだとでも誇示したいのであろうか。

 まぁ、神民学校では緑女と言うだけで、白い目で見られているため、誰にも相手にされることもない。そのため、偉そうな態度を取りたくとも、誰も近づいてこないのであるから、こんなアルテラを見るのは珍しい。


 それにしても、大人の世界は、なんと居心地がいいのであろうか。

 本音と建て前をうまく使い分けている。

 どいつもこいつも内心は、緑女のアルテラを好ましく思っているはずはない。

 しかし、アルテラは宰相閣下アルダインの愛娘である。

 丁重に扱えば、それ相応の見返りもあるだろう。

 だから、アルテラの前に立つ大人はゴマをする。これでもかと言わんばかりにゴマをする。もう、練りごまを通り越して、胡麻ドレッシングになるぐらいゴマをする。

 にこやかな表情を崩さないソフィアは、アルテラの側で膝まづき、目の位置をさらに下げた。

「この人魔収容所には、アルテラ様とは言え、お見せできなところがあるのです。これはおアルダイン様からのお願いでもありますよ」

 父の名前を出されたアルテラは、ドキッと背筋が伸びた。

「お……お父様のお願いなら、仕方ないわね」

 よほど父の名が効いたのだろう。

 ここで、わがままを言って、ソフィアからアルダインに耳に苦情でも入れば、賢明な娘の姿が崩れてしまう。

 アルテラは、先ほどとは打って変わってスッと素直に立ち上がると、ドアの方向へカタカタとぎこちなく歩きはじめた。

 タカトとすれ違いざまに、タカトの肩へと手をやった。

「頑張ってね。ダーリン。これで有名道具屋、確定よ!」

 アルテラは、そう言い残すと、手を振りながら、廊下へとでていった。


 部屋に残されたタカトとビン子は、その場で立たされたまま、互いの顔を見合わせていた。

 ――アルテラもいなくなったことだし、これからどうするべ?

 ――私、疲れた……座ってもいいのかな?

 ――お茶も出ないぞ! この野郎!

 ――お菓子ないかしら……

 そんな会話をアイコンタクトでしているようでもある。


 ソフィアはいつの間に自分の机に戻ったのだろうか。

 背後の窓から差し込む光に紫の髪を輝かせ、机にたてた両腕を口の前で組んで座っている。

 そして、何も言わずにまっすぐにタカトを見つめ微笑んでいる。

 だが、その笑みはどことなく恐怖を感じさせる。

 更に、光によって映し出されるソフィアの美しい容姿が、さらに、その違和感をかきたてる。

 じっと何も言わずに、ソフィアの赤い瞳がタカトを見つめる。

 綺麗な赤色の瞳である。

 しかし、怖い……寒気がする。

 タカトの直感がそう伝えるが、目をそらすことができない。

 その赤い瞳にからめとられたかのように、タカトの目もソフィアを見つめ続けていた。

 まるで、蛇がカエルを見るかのようである。

 待ちに待った得物が来たかのように妖しく微笑んでいるのだ。


 ――この冷たい感覚。以前何処かで。

 タカトは必死に思い出す。

 ――そう、あの時だ、第六の門の広場であったローブの女。

 エメラルダの騎士の刻印がなくなったことで、神民たちが一般国民へと格下げされた。

 それに伴い、住人たちの神民街から一般街への大移動。

 あの神民街で大量発生した人魔騒動のもとになった人魔の首切り事件の時である。

 まさにカルロスが人魔収容所に連れていかれた原因そのもの。

 そして、この女こそが人魔の首を楽しそうに狩っていた張本人。


 ――なぜ、そんな女が俺の目の前にいるんだ。

 うろたえるタカトは、体の体温がますます下がっていく。

 しかし、その額には、じっとりと脂汗が浮かんでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る