第214話 誰がための光(3)

「なら、よけなさい!」

 コウテンの遠く離れた背後から一つの少女の声がした。


 コウテンは咄嗟に、足で魔人の腹をける。

 そして、砂の上に無様に倒れ込んだ。

 ちぎれた左肩から噴き出す血が、乾いた砂の中に吸い込まれていく。


「何やつだ!」

 魔人たちが、一斉に女の声に顔を向ける。


「開血解放!」

 夕日に照らし出された少女の影が、甲高い起動音と共に、砂煙を巻き上げた。


 次の瞬間、砂の上に倒れ込むコウテンの顔の上を突風が吹き抜けたかと思うと、足元に立つ魔人の体が倒れ行く。


 首のない魔人の体。

 魔血を噴き出し崩れ落ちていく魔人の体の背後には、いつの間にか、ピンクの装甲をまとった少女が現れていた。


 少女の急停止した足元が、急激な加速のスピードを砂に手渡すと、大量の砂塵を前方へと吹き飛ばす。

 だが、長い髪は、その突撃のスピードを落とすことなく前へと流れていった。

 少女の横顔をなでるかのようにたなびくライトグリーンの長い髪。

 赤い夕日の光の中で緑の輝きを散らしていた。


 ボトッ!と言う音と共に、魔人の首が地面に落ちる。

 そのわきで、少女が籠手から伸びる剣をさっと振る。

 瞬く間に砂地に数個の赤き丸が描かれていった。

 魔人たちの輪の中で不敵に微笑みを浮かべる少女。

 それはアルテラであった。


「何者だ!」

 一斉に魔人たちは、アルテラに注視した。


 一体いつの間に!


 突然現れたその存在に、魔人たちは誰しも体の反応が全くついていけなかったのである。

 そう、魔人たちには、アルテラの動きが見えていなかった。

 先ほどまではるか後方、騎士の門の直前にいたはずの少女が、今、目の前にいる。

 瞬間移動でもしたというのか?

 いや、舞い落ちる砂粒が、彼女が確かに移動したことを物語っている。

 ――早い⁉

 しかし、目の前のアルテラは、見るからにか弱き少女。

 そんな少女一人でなんとする。

 咄嗟に反応した魔人たちの爪がアルテラを襲った。


 ガキン!


 アルテラの背後にあった4枚の白き羽の内1枚が浮き上がったかと思うと、左右に広がり、アルテラの前面へとくるりとまわった。

 白き盾となったその羽が、魔人の爪を防いでいたのである。


 だが瞬時に、次の一撃を繰り出す魔人の爪。

 しかし、アルテラの背から伸びる細いアームが、その爪の攻撃の動きに応じるかのように盾を動かした。


「なんて固さだ!」

 魔人は叫ぶ!

 それもそのはず、この盾は融合国に四枚あるという白竜のうろこから削り出した盾なのである。


 アルテラは、神民を持たない第六の門の騎士である。

 従って、絶対防壁である騎士の盾も騎士スキルも発動することができない。

 そんなアルテラの身を案じ、父である宰相アルダインは、第5世代の魔装騎兵になるように命じた。

 しかし、アルテラはそれを拒む。


 仕方なしに、アルダインはクロトに命じた。

 アルテラを守る2.5世代の魔装装甲を作れと。

 正直、クロトは第五世代を支持するアルダインからの提案に驚いた。

 しかし、そこは、技術者の性と言うものなのだろうか、自らが持つ最高の技術を持ってアルテラの2.5世代の魔装装甲を作り上げたのだ。

 そう、今、アルテラ専用魔装装甲「アルテミス」試作機が起動する。


 アルテラの姿はピンクの魔装装甲で覆われていた。

 両腰にはアルテラの背丈ほどある平べったい三角上の円錐が二つ前後に突き出している。

 その円錐状の背後からは、勢いよく空気が噴き出し、砂塵を巻き上げていた。

 アルテラの背中には4枚の白い羽がついている。そのうち一枚は、大きく展開し盾となり、背中から伸びるアームによって魔人の攻撃を防ぎ続けていた。

 と言うことは、残り3枚の羽根も同じ白竜の盾なのか。


 しかし、驚くは、アルテラの姿。

 確かに頭や腕、足など簡素な装甲で覆われているものの、胸部はブラのみ。極めつけはビキニパンツなのである。

 魔装装甲とは言え、これは思春期の少女にとっては少々恥ずかしいことこの上ない。


 第七の騎士の門付近でローバンとオオボラが双眼鏡を覗きアルテラの様子を眺めていた。

 どうやら、実戦テストを兼ねた初陣のデータを取っているようである。


「ローバンさん。あのアルテラさまの恰好、何とかなりませんかね……あれは、さすがに問題ありますよ」

 オオボラは双眼鏡でアルテラの動きを追いながらつぶやいた。


 オオボラの横に立つ、だぼだぼの白衣に身を包んだローバンは、こちらもまた双眼鏡から目を外すことなく答えた。

「仕方ないじゃないですか。ただでさえ、あの試作機、魔血の消費量が異常に多いんですから。6本の魔血タンクをフル稼働で、たった3分ですよ! たった3分! 必要な個所以外は軽量化しないと、大変なんですよ! 私としては、裸で充分! あんな装甲すら必要ないと思っているんですから!」


 オオボラはあきれた様子でローバンを見る。

「さすがに裸はまずいでしょ……」


「何言っているんですか!あの技術力を目にして、裸をさらすことなんて何ら恥ずかしことなどありませんよ!」

 もう、興奮しているローバンは聞く耳を持たない。


 再びオオボラは双眼鏡をのぞく

「そうですか……しかし、早いですね。あっという間にあの距離を跳んでいくとは……」


「クロト様いわく『スカートまくりま扇』の20枚羽タービン!高圧縮空気の放出による高速移動はうまく稼働したみたいですね」


 その横にたたずむオオボラがため息をついた。

「ローバンさん、そのネーミング何とかなりませんかね」


 ローバンがあきらめた様子で答える。

「クロト様いわく、作品にはその作者の哲学が込められるているそうです。ネーミングもまたしかり、それは開発者の想い、他の者が軽々しく変えてはならないだそうですよ……アホですかね」


「クロト様って……そこまで、アホでしたっけ……」

「失礼な!クロト様はいたって賢明なお方です。この技術を開発した奴がアホなだけです!」


「ところで、そのアホな開発者って誰なんです?」

「知りませんよ! ただ、クロト様がいうには、古い大切な友人だそうですよ」


 しかし、『スカートまくりま扇』といえば、タカトが魔鳥コカコッコーのハネとウチワを融合加工したスカートまくりの道具のはず。

 その道具の構造を、なぜクロトが知っていたのであろうか?

 もしかして、クロトとタカトは知り合いなのか?

 いやいや、タカトはクロトといまだかつて会ったことがないはずだ。それどころか、クロトと知り合いと聞いた権蔵に会わせてくれと頼むぐらいなのである。


 とすれば、タカトが道具コンテストで出したものをクロトが見たのであろうか? 

 しかし、これもない。

 なぜなら、タカトはいまだに道具コンテストの受付で門前払い、すなわち、出場すらしたことがないのである。

 クロトがタカトの道具を見る機会は皆無である。


 では、権蔵か⁉ 権蔵がタカトの道具をクロトに渡したというのであろうか。

 いや、融合加工職人である権蔵が、タカトと言えども他人の道具を売るようなことは決してプライドが許さない。


 なら、コウスケか⁉ コウスケがタカトの道具を売ったのか?

 いやいや、アイツにはタカトの道具を理解することは不可能だ。

 その証拠にコンテストの受付では、参加者の誰一人としてタカトの道具を評価したものなどいやしなかったのである。


 だが、そもそも、タカトなら自分の道具を戦いの道具として使うようなことはしない。

 タカトの道具はみんなを笑顔にする道具。

 みんなを不幸にする殺し合いになど使うことを決して望まないのだ。


 ならどういう事なのだ……こんな変なネーミングの道具を作るのはタカト以外に考えられないのだが……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る