第103話 ウサギさん!さようなら(3)

 配達を終え、街へと戻る荷馬車の前に、怪しげな影が二つ飛び出してきた。

 その影はぴんと立った大きな長い耳を持っており、黒いレオタードをまとっていた。

 腰のあたりにある白いお団子と、白いつけ襟が妙に映える。

 細い足には、少々緩いが網タイツをまとっていた。


「バニーガールか!」


 すかさずに突っ込んだタカトの目は、そのレオタードのめくれ上がったバスト上部を凝視していた。

 しかし、残念なことに、その胸のレオタードは、布地を少々余らせ、風にひらひらと揺れていた。


「あかん……それでは胸の谷間に挟めないじゃないか……」


 一体何を挟もうというのであろうか。タカトは残念そうにつぶやく。


 ビシっ!


「不健全人物!」


 ビン子のハリセンがカメレオンの舌でさえも驚くスピードで、タカトの頭をどついた。

 一瞬のことで何が起こったのか分からないタカトは、きょろきょろしながら、うずく後頭部をさすった。


「バニーガールではない! ウサギ星人だ!」

「ウサギ星人だ!」


 蘭華と蘭菊が叫ぶ!

 いや……どう見てもバニーガールにしか見えない。

 あの女店主は何を考えて、この衣装を二人に着せたのであろうか。

 タカトは、意地悪そうに笑う。


「そのウサギ星人さんは、大人の怪しい店にいるはずなんだけどな……連れてっちゃおうかな?」


 心配そうに顔を見合わせる二人


「大丈夫よ。そんなお店には連れて行かないから。でも、可愛いから気をつけなさいよ」


 安心させるかのようにビン子が微笑む。

 そんなビン子をつまらなさそうに見つめたタカトが、気を取り直して尋ねた。


「ところで、何の用だ」


 二人は、はっと我に返り、手を肩の高さに上げた。


「いらっしゃいませ。おいしいお飲み物はいかがですか?」

「お飲み物いかがですか?」


「アホか! お前たちの年でそれはまだ早いわ!」

 先ほどまで自分が言っていたことを棚に上げ、蘭華蘭菊に説教を垂れるタカト。


「それでは、こちらでポーカーはいかがですか? 掛け金は大銅貨1枚からで大丈夫ですよ」

「大丈夫ですよ?」


「ほほう……今日は、正当な賭け事と来ましたか。ならば、受けぬわけにはいかぬな!」


 タカトはポケットの中から、大銅貨3枚を掴みだした。

 こんなガキンチョども、大銅貨三枚もあれば身ぐるみはがして、ひーひー言わしてやるわ。

 タカトは意気込んで荷馬車から降りていく。


 ビン子は、タカトにカバンを投げ渡すと、荷馬車の手綱を掴んだ。

「タカト、荷物! あと、時間がかかりそうだから、荷馬車どこかに止めに行くね」


 既に戦に臨むタカトは、地面に落ちたカバンを掴むと、さっそうと後ろ手に手をあげつぶやく。

「俺は決して振り返らないぜ!」


 意味不明である。




 ほどなくして、路上にはパンツ一丁のタカトが呆然と立ち尽くしていた。


 ――なぜだ……こんなガキンチョどもに、俺が負けるなんて……


 状況が理解できないタカトは叫んだ。


「イカさまだ! イカさまに違いない!」


 タカトを見つめる蘭華の目がにやりと笑う。


「お客さん。イカさまとは聞き捨てなりませんね。何なら証拠を見せてくださいよ」


「う……その胸だ……その胸の中にカードがあるに違いない」


 蘭華が一瞬ためらうも、タカトに鋭い眼光を飛ばす。

 勝負ごとに引き下がらない蘭華はレオタードをちらりとめくる。

 少女の小さいふくらみが赤いつぼみをつけていた。


 ここまでされては何も言い返せない。膝まづくタカト。


「おっ……俺の負けだ」


「それじゃ、このカバンもいただきます」

 タカトの後ろでずーっとタカトのカードをのぞき見し蘭華に合図を送っていた蘭菊が、カバンをさっと奪い取った。


「それだけは……それだけは後生です。お代官様……それには大切な薬が……」


 見苦しくカバンにしがみつくタカト。

 そのタカトの頭を蘭華が踏みつける。


「女子の胸を覗いたのだから、これぐらいは当然よ!」


 踏みつけられる足で、タカトの顔が醜く歪む。

「それでは、お代官様……ダンスバトルでいかがでしょうか?」


「えっ! ダンスバトル?」

 あのタコのような踊りしかできないタカトから発せられた言葉に驚いた蘭華と蘭菊は顔を見合わせた。

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