第420話 裏切り(1)

 先ほどから駐屯地から雨のように打ち出されていた矢がピタリと止まっている。

 その様子を嬉しそうに見ながら、手をコネコネするハトネン。

 ――マリアナの奴、そろそろ仕上げか?

 ハトネンのネズミのようにとがった口が舌なめずりをする。

 一体あの駐屯地にはどれだけの人間がいるのだろう。

 今日はいったい何人の人間を食べることができるのだろうか?

 こんなことなら、お持ち帰り用のタッパーでも持ってきておけばよかった。

 今更ながら、後悔するが、取りに帰っている暇はない。

 いやいや、いやいや、それより今日の目的はキーストーンだ。

 魔の融合国で最初のキーストーンを奪取した魔人騎士として名を上げるのだ。

 人間を食べるのは、あくまでもそのついでだ。

 まぁ、しかし、人間どもが全滅していれば、キーストーンの奪取など慌てることもない。

 やはり、キーストーンはディナータイムの後でもいいのではないだろうか。

 じゃないと、自分の部下の魔人や魔物たちに食い散らかされてしまう。

 アイツらにごちそうを前にして「待て」という命令は、3秒守ればいいぐらいなのだ。

 全く俺の言う事を聞きやしない!

 それより、俺に対する忠誠心と言うものが皆無なのだ。

 ちっとは、俺に対して敬意を払え!

 ハトネン様! お食事のご用意が! とか……

 いや、もっと俺に対して愛を向けてみろよ! ドンと!

 ハトネン様! どこまでもお慕い申しております! とか……

 ハトネン様! だいしゅき! とかさ……

 ………………

 …………

 ……

 ないな……

 アイツらには、そのような気持ち、全くないな……

 なら、アイツらよりも先に食らわねば!

 特等席は俺のものだ!


 そんな時であった。

 一人の魔人が息を切らせながらハトネンのもとに駆け付けてきたのだ。

「騎士一之祐が、単騎で後方のモビィティッツの元へと切り込んだとのこと」

 ソフィアからうけた伝言を大声で叫んだ。

「な・ん・だ・と!」

 慌てるハトネン。

 いつもいつも一之祐の奴は俺の邪魔ばかりする。

 しかも、予想の斜め上の事ばかりしやがる。

 なんで、単騎で魔人国のフィールドにズカズカと入ってきやがるんだ。

 大体、アイツは騎士だろうが!

 騎士としての自覚は無いんかい!

 お前が死んだら、すべて終わりなんだぞ!

 分かっとんか! そこんとこ!

 ハトネンは、一之祐が聖人国側の人間であることを忘れて、思わず突っ込んでしまった。

 しかし、ハトネンは思う。

 よくよく考えてみれば、これはチャンスではないか。

 騎士である一之祐を落せば、この勝負勝ちなのだ!

「全軍で一之祐を押さえろ!」

 ハトネンを取り囲むように群れていた魔物と魔人たちの大軍団が、嫌そうに踵を返すと、仕方なしに後方のモビィティッツの居場所めがけて走り出した。


 だが、ハトネンは、また、ここでスケベ心を出してしまった。

 ――いや、待てよ。一之祐を誘惑して自分の配下として使えば、王の座も狙えるのでは? 大体、今あいつはがいるのは魔人国のフィールド。騎士の盾が使えぬ今、マリアナの誘惑チャームから身を守る方法もありはしないではないか。

 ハトネンは大声を上げた。

「マリアナ下がらせろ! そして、一之祐を誘惑しろと命じろ」

 ハトネンの側にいた魔人が、マリアナを呼び戻そうと駐屯地の方角へと駆け出した。


 全力で神の恩恵を打ちはなったマリアナは膝をついていた。

 肩で大きく息をしている。

 砂地につく手が、呼吸をするたびに、徐々に砂に埋まっていった。

 うつむく顔から汗が、垂れ落ちる青い髪をつたって、ぽたぽたと砂地に落ちる。

 その汗が作る黒いシミは、最初からなにもなかったかのようにたちどころに地面へと吸い込まれていった。

 だが、マリアナの目は、すでに、赤黒い。

 マリアナもまた、荒神化が始まりかけていたのだ。

 マリアナは、歯を食いしばる。

 自分の膝に、立ち上がれと懸命に命じた。

 あと少しで駐屯地は落ちるのだ。

 誘惑チャームにかかった人間どもを同士討ちさせればそれで終了なのだ。

 これで、アリューシャの荒神の気は払ってもらえる。


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