第421話 裏切り(2)
マリアナの元へと駆けつけてきた、ハトネンの使者である魔人が大声で叫んだ。
「マリアナ! 今すぐ後退しろ!」
マリアナは、はっと顔を上げる。
――何を言っているのだ。あと少しなんだぞ……
使いッパの魔人は、マリアナの側に立つと、えらそうに再度命令した。
「ハトネン様からの命令だ! 下がって後方の騎士一之祐を誘惑しろ!」
マリアナは悲痛な叫びをあげた。
「邪魔しないで! あと少しなのよ! そんなことしたらアリューシャはどうなるのよ!」
人ごとの魔人は、鼻くそをほじりながら答えた。
「そんなことは知らん! ともあれハトネン様の命令だ! 早くしろ」
マリアナの手が、熱い砂漠の砂をギュッと握りつぶす。
――私は、裏切られたのか……?
マリアナは思う。
いや、もしかして、こいつらハナッからアリューシャのことなど救おうと思っていなかったのではないだろうか?
うつむくマリアナの奥歯が、ギリギリと音がする。
「お前たち……私をだましたというのか……」
赤黒い目が、恨みによって吊り上がる。
マリアナが飛び上がろうと顔を上げたその時であった。
突然、マリアナの目の前の砂に、出っ歯の魔人の顔が突っ込まれた。
しかも、鼻くそをほじりながらである。
鼻の中に突っ込んだ右手もまた、顔と同様に砂地の中にめり込んでいる。
あれは、たぶん、指が鼻の奥へと突き刺さり、大量の鼻血が出ていることだろう。
だが、その鼻血も、マリアナの汗、同様、砂に飲まれて浮かび上がることすらない。
だが、その姿、とても痛そう……
いや、痛そうというどころではない、おそらく、その衝撃で気を失っているに違いない。
だって、先ほどから砂の上に突き出ている下半身が微動だにしないのだ。
もしかしたら、使者ではなくて死者になっているのかもしれない。
その砂中へと無理やり押し込まれていた後頭部から、男の太い手が引きあがった。
その腕についた大量の砂が、バラバラと滝のように落ちていく。
ディシウスは、すぐさま、その魔人の後頭部から手を放すとマリアナの前で膝をつき礼を取る。
そして、空を舞っていたソフィアもまた、地に降りると、すぐさま膝をついた。
ソフィアは、マリアナに懇願する。
「このままではあなた様も荒神になってしまいます。今は、どこかに身を潜めて、体をお安めください」
「あと少しなの、邪魔しないで!」
「あのハトネンは、約束を守るような男ではありません」
「分かっている。でも、あなたは違うでしょ!」
マリアナは、ソフィアをにらむ。
ソフィアは、唇をかみしめた。
マリアナを見つめるその緑の目には、涙が浮かんでいる。
「私は、マリアナ様も、アリューシャ様、お二人ともお救いしたいのです……」
その横で目をそらすディシウス。
ディシウスの心内では、その二人はソフィアとマリアナなのだ。
最悪、ソフィアだけでも救えればそれでいい。
だが、そんなことは言えるはずもない。
今は、黙ることしかできなかった。
ソフィアは懸命にマリアナに訴えた。
「アリューシャ様は、私がきっと見つけ出して、その荒神の気をお祓いいたします」
その必死な目に、マリアナの剣幕が和らいだ。
この女魔人は、必死になってアリューシャの事を思ってくれている。
他の魔人たちとは違う。
そして、私のことまでも。
人間や魔人など誰も信じてはいけないとミズイ義姉さんに言われていた。
ただただ、神の恩恵を利用することしか考えていないから、うかつに近寄ってはいけないと。
だけど、この女魔人なら信じてもいいのではないだろうか。
マリアナから発せられた声は、既に涙声。
「アリューシャの居場所はわかるの?」
答えることができないソフィアは、うつむいた。
――居場所は分からない。
だけど、今、それを言えば、マリアナは神の恩恵を止めないだろう。
と言うことは、マリアナの荒神化を止めることはできなくなる。
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