第二章 魔の融合国

第356話 死にたがり(1)

「気を付けろよ」

 中腰となったタカトが、腕に力を込めてビン子を引き上げる。

「ありがとう」

 そして、ビン子が何とか上の岩肌に手をかけた時のことであった。


 突如、タカトの背後から野太いオッサンの声がしたのである。

「小僧! さっきはよくもやってくれたな!」

 今度はアイドルじゃなくて、本当のオッサンだ!

 そう、この声は猫耳のオッサンの声である。

 そのオッサンの叫び声とともにナイフが、タカトの無防備な背中めがけて振り下ろされていた。


 ひいぃぃいぃぃい!

 振り下ろされるナイフの刃先に目が釘付けとなるタカトにとって、それを防ぐ手段は何もなかった。身をかわそうものなら手に掴んだビン子が再び崖下に落ちかねないのだ。

 ビン子だけは守りたい。

 だが……

 ナイフに刺されるのはもっと嫌だ。

 どうする? どうする? 頭の中 真っ白~

 どうする? どうすればいい?

 って、こっちが今すぐ聞きたいわ!

 

「ダメ!」

 とっさにエメラルダが飛び出した。

 タカトを必死に守ろうと自らの体ををオッサンとの間にねじ込んだのである。


 それを見る猫耳のオッサンんお口がにやりと緩んだ。

 まさにしてやったりと言わんばかり。

 そう、これこそがネコミミオッサンの狙いだったのだ。


 エメラルダは元騎士である。

 騎士の身分をはく奪されているとはいえ、その身に沁みついた武術は他の者を寄せ付けない。

 すでにわが身が狙われていることを把握しているエメラルダを今、狙ったとしても攻撃は容易にかわされ、ナイフはその身にまで届かない。


 だが、バカそうなこの小僧を狙えばどうだろう。

 おそらく、エメラルダの事だ。わが身よりもその小僧を守ろうと、咄嗟に行動するだろう。

 しかも、守ることを優先させたエメラルダの行動には隙が多い。

 ならば、慌てて出てきたエメラルダなどナイフで串刺す事は容易に違いない。

 まぁ、最悪、刺すことができなくとも、体にほんの少しでも傷がつけばいいのだ。

 あとはナイフについた毒が、エメラルダの体に回ってすぐに動けなくする。


 ――ワテとしては、どちらかと言うと、そちらの方がありがたいやけどな。

 そう、ナイフが急所にでも当たろうものなら、あっという間にぽっくりお陀仏してしまう。

 ――そんな事では、この後のお楽しみが台無しになってしまうじゃあ~りませんか。


 ネコミミオッサンのナイフは、タカトを守ろうとするエメラルダの右腕をわざとかすめた。

 すれ違うナイフの刃先と共に、エメラルダの腕から引き出された一条の血筋が流れていった。


 その血を見て勝利を確信する猫耳のオッサン

 ――よっしゃぁ!

 ナイフを引き戻すネコミミオッサンは心の中でガッツポーズをとっていた。


 ――これで、あの女は動けなくなりますよって。

 もうすでにオッサンの顔からは、はじけんばかりの笑みがこぼれ落ちていた。

 だが、その笑み、か・な・り・気持ち悪い! と思ったのは筆者だけではないはずだ。


 ―― 一体何がそんなにうれしいのかって。

 オッサンは口に手を当てて笑い声を立てていた。

 そんな口からは、既に心の声が漏れ出ている。


 ――目的達成?

 確かにエメラルダ殺害という目的達成なのであるが、これからが楽しい楽しい仕上げの時間なのだ。


 毒によって身動きが取れなくなったエメラルダを、猫耳のオッサンを含めた暗殺者全員によってめった刺し!

 めった刺しのめった刺し!

 それから、まだ意識があるうちに指先からドンドンと切り刻んでいくのだ。

 切り刻まれる激痛がどんどんと脳に近づくかのごとく、エメラルダが奏でる悲鳴の音量を上げていくのだ。


 ――あぁ~、もう、想像するだけで下半身が熱くなる!


 身もだえするオッサンは妄想する。

 オッサンのあしもとで泣き叫ぶエメラルダが、己が血で赤く染まっていく。

 痛みで叫ぶ顔が、美女らしからぬ表情に崩れていく。

 そして腹からあふれ出す臓物を、大きく開くその口の中に突っ込んで出し入れしてやるのだ……

 はぁ、はぁ、はぁ……イキそう!

 って、これをマジでしゃべっているおっさんはキショイおっさん確定である。


「エメラルダの姉ちゃん!」

 タカトは、ビン子を引き上げるや否や、腕を押さえて膝まづくエメラルダに駆け寄った。


「大丈夫……ちょっと、かすっただけだから……」

 しかし、エメラルダは、足に力を入れようとしたがうまく力が入らない。


 ――もしかして、これは毒?


 薬学にたけているエメラルダは、その自らにおこった症状から瞬時に理解した。

 しかし、解毒するにも毒消しの薬は、先ほどまでいた大空洞まで戻らないと手に入らない。

 いますぐ戻りたいのはやまやまなのだが、目の前で身もだえしているオッサンが、そう簡単に通してくれるとは思えない。


 そうこうしているうちに、オッサンの背後には、後から追いついてきた暗殺者たちのすがたが現れていた。

 その数、十数人……

 思った以上に数が多い。


 傷ついたエメラルダをかばいながらタカトは思う。

 ――カルロスのおっちゃん……何やってんだよ! 

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