第130話 別れと不安(6)

 妓楼の部屋の中から、メルアの亡骸を運び出す男。

 その男の足にすがりつき泣き叫ぶ女たち。

 男は、それを足蹴にしながら、黙々と作業をする。


 明るい日差しの下に無造作に置かれた台車の中へとメルアを投げ込む。

 まるで泣き叫ぶ女たちに別れを告げるかのようにメルアの手が跳ねた。

 昨日まで、きれいに着飾っていた白い着物も、まるで乱暴でもされたかのように激しく乱れ、その胸をさらけ出していた。


 男は、年増の女郎であるお登勢に銅貨5枚を手渡した。

「この奴隷の代金だ。モンガ様に必ず渡してくれ」


 お登勢は、唇を強く噛みしめるが、何も言わず、その銅貨を握りしめた。


 台車が男にひかれながら離れていく。

 台車の中からメルアの手だけが別れを惜しむかのように見えていた。


 見送る女たちは、口に手を当て泣き崩れる。

 お登勢は、手にある銅貨を地面に投げつけた。


 勢いよく跳ねた銅貨が地面の上でくるくると回る。


 女たちの後ろから暖簾をかき分け、ヨークがうつむき力なく出てきた。


「行ったか……」


「行ったよ……」

 お登勢はキセルをくわえ、空を仰ぐ。

 一筋の涙が、人知れず流れ落ちた。


「そうか……」

 ヨークは無理やり明るい世界へと足を突き動かそうとするが、足が震える。


「あんた、大丈夫かい?」


「あぁ……」


「それならいいんだけど。あんたは神民!私らは奴隷だ!奴隷の命なんて、たかが銅貨5枚の価値なんだよ。そんなもののために、いつまで、くよくよしてるんだい!」

 お登勢はヨークの手を取ると一枚のチケットを手渡すのだ。

「これはメルアがあんたと行くことを楽しみにしていたヤツさね……」

 それはメルアが福引のガラポンで得た『6名同室! 医療の国ボインのお宿 ビジョビジョ大宴会!ツアー』のペアチケット。

 そのチケットを握りしめて大きく震えるヨークの背中をお登勢は強くたたく。

「あんたは、メルアの分まで幸せにならないといけないんだよ! しっかりしな!」

 そして、その弱々しい背中を力いっぱいに明るい日の下へと押し出したのだ。


 だが、押し出されたヨークはふらつく。

 立ち止まったヨークは、太陽を見上げた。


「そうだな……俺には俺のやることがある……」


 おもむろに右手で涙をこする。

 その手について飛び散った水滴たちが、太陽の光を散らし輝き散っていった。


「この宿は、エウア教の拠点として監視されている。気を付けろ……」

 その一言をヨークは背中越しにつぶやいた。


「あんたバカだね。あんたが来た時点でそんなことは分かってるんだよ。でもね、エウア様がいなかったら、メルアはあんたと出会えなかったんだよ」


 だが、何も言わないヨーク。


「まぁ、捕まった時は、エウア様を祈りながらメルアの後でも追うことにするよ」

 笑いながらお登勢は暖簾をくぐり、石鹸が香り立つ薄暗い部屋の中へと入っていった。

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