第129話 別れと不安(5)

「告白って言われると緊張するから、とりあえずお茶しない?」

 照れるビン子は、それとなくコースケをケーキ屋「ムッシュウ・ムラムラ」に誘った。


「よろこんで!」

 そんなコースケは、勝ち誇った目でタカトを見つめた。

 しかし、なんだろう。

 ビン子に誘われたことよりも、タカトに初めて勝ったことの方が妙に嬉しい。

 これが技術者のさがなのか。

 それとも、負けたことを根に持っているタカトが、コウスケの名を激しく連呼しているせいなのであろうか?


 ケーキ屋のガーデンに置かれた白いテーブルにつく二人は、水色のコップで紅茶をいただき始めた。

 さすがコウスケ君!

 レディであるビン子を奥に座らせて、自らは手前の席に座っていた。


 しかし、そのせいで奥から店の前がよく見えるビン子には、先ほどからコースケの背中越しにうっとうしいものが目に映っていた。


 店と通りとを分けている腰ほどの生垣。

 その平らにそろえられた緑の上から、タカトの頭がまるでモグラ叩きのモグラのようにヒョコヒョコと出たり沈んだりするのである。


 しかも、生垣から飛び出てくるたびに、これでもかと言わんばかりに表情を変えてくいやがる。

 おそらく当の本人は面白いと思っているのだろうが……

 ビン子にとっては、その表情が逆にむしょうに腹が立つ。


 口角を引きつらせ、無理やり微笑みを作ったビン子

「ちょっと待っててね」

 コウスケにそう告げると、さっと席を立った。


 そして、生垣に向かってダッシュをしたかと思うと、ぴょんと飛び出たタカトの頭を、手に持っていた木製のトレイではたき込む。

 ばきっ!

 大きな音と共にトレイに大きなひびが入っていた

 おいおい、一体どれだけの力を込めたんだよ。


「ちょっと、邪魔しないでよ!」


 生垣の向こうで頭を抱えたタカトは怒鳴り声をあげていた。

「お前だけ、ケーキを食べてずるいぞ!」


 そんなタカトの叫び声に気付いたのかコウスケが後ろを振り替えった。

「お前には絶対におごらん!」

「そんなコウスケ様!」

 生垣から顔を出すタカトの目は少女のようにうるうるになっていた。


 ドキ!


 ――なんだこれは……

 コウスケは自分の胸の高鳴りに驚いた。


 ――いやいやいや、俺はビン子さん一筋だ!

 そんな高鳴りが勘違いだと言わんばかりに、自分にもう一度言い聞かす。


 そんな時、突然、第六の門の警鐘が鳴り響いたのだ。

 ついこの前、第六の門の警鐘が鳴り響いたばかりなのに、また警鐘。


 三人はすぐさま第六の門をとっさに見つめた。


 三人の視線の先には、第六の守備兵だろうか、しかし、いつもとは異なり、見慣れぬ顔の男たちが、第六の門を固く閉じようとしていた。

 そして、その男たちの背後には神民兵とおぼしき者たちが、門からの侵入に備えて、列をなして待機しているではないか。


 神民兵の後ろでは年老いた男が、叫び声をあげていた。

 しかし、懸命に門へ駆け寄ろうとする老兵を、別の男がしがみつき、必死に止めようとしている。

 その止めようとしている男に、タカトは見覚えがあった。

 どうやらいつもお世話になっている第6の宿舎の元守備隊長ギリーである。

 そのギリーが、老兵の体にしがみつき、その動きを必死に制止し続けながら叫び声をあげる。

「カルロス様、お辞め下さい!」


 カルロスと呼ばれた老兵は、鬼のような形相で第6の騎士の門へとむりやり歩みを進めようとする。

 その体にまとわりつくギリー元隊長をものともせずにだ。

「ギリー! 放せ! ワシは、行かねばならん! 駐屯地の仲間たちを見捨てるわけにはいかんのだ!」


 そんな騒動に、門の前に整列していた神民兵達がカルロスたちの方へと向きを変えた。

 そんな神民兵たちの殺気を感じ取ったのだろうか、ギリー元隊長はカルロスの前で突然ひざまづき、額を地面にこすりつけた。


「カルロス様、今は堪えて下さい。今はエメラルダ様を……」


 ギリー元隊長の目からこぼれ落ちる大粒の涙が地面の色を変えていく。

 地におしつけられた拳は、先ほどからガタガタと震える。

 神民兵たちに対する恐怖?

 いや違う、ギリー元隊長もまた、仲間たちのもとへ駆けつけたいのを必死にこらえていたのだ。


 くっ!

 それを見たカルロスは唇をかみしめた。

 一筋の赤き血筋が震える口角から流れ落ちていく。

 カルロスの固く食いしばっ歯がギリギリと音を立てているのが、広場の喧騒の中であってもよく聞こえていた。


 ギリーは改めてカルロスに懇願した。

 「今は、一刻もエメラルダ様を、そして、黄金弓をエメラルダ様の元へ!」

 ギリーは、再び力強く頭を下げた。

 ギリーには分かっている。

 ここで仲間を救いに行こうとすることを止めることは、カルロスにとって死より辛いことであることを。

 だがしかし、エメラルダを救うことができるのもカルロスだけかもしれないのだ。

 ならば……

 ならば……今は堪えるとき!


 ギリーは泣きながら大声を上げた。

「カルロス様! ご再考、願います!」


 カルロスの手は怒りで震えていた。

 目の前のギリーへの怒りではない。

 不甲斐ない自分に対しての怒りである。

 もっと自分がしっかりしていれば……もっと早く異変に気付いていれば。

 この守備隊長ギリーにこんな無様な役目を担わすこともなかったろうに。


 震えるカルロスは天を仰ぎ目を閉じた。

 ――ワシは、愚かだ……

 それとともに、カルロスの手の震えが静まっていった。


 顔を戻したカルロスは膝まづき、目の前で地面に頭をこすりつけているギリーの肩に手をやった。

「ギリー……すまぬ。お前に辛い役回りをさせて……すまぬ……」


 そう言い残すとカルロスはスッと立ち上がり、クルリと身を翻すと門を背にしてつぶやいた。

「コレは、ワシの決断だ!」


 それを見上げたギリー元隊長の顔面はすでに崩壊、涙と鼻水とも分からぬものがドバドバと流れ落ちていた。

「カルロス様……」


 タカトたちの目の前で繰り広げられる緊急事態。

 今日の第六の門の宿舎は様子がおかしい。

 この異変に、能天気なタカトも今回ばかりは、怖気づいた。


「なぁ、ビン子、帰ろうぜ……」

「そうね……」


 ビン子はそそくさとテーブルに戻るとコウスケに伝えた。


「なんか危なそうだから、今日は帰るね」


「そうですね。また、今度、日を改めて」

 立ち上がったコウスケは、ビン子の手を取ると、生垣の向こうのタカトをにらみつけた。


「タカト! ビン子さんに手を出すなよ!」


「分かっているって! それならビン子以外ならいいんだろ?」


「ダメよ!」

「ダメだ!」

 なぜか、ビン子とコウスケの声がハモった。

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