第498話 男の子には男の子のすることがあるんです!(1)

「絶対に人間を食わせるなよ!」

 小さくなっていく競売人たちに向かって今だに叫んでいるタカト。

 そんなタカトに、リンがステージの下からあきれたように声をかけた。

「で、タカトさん、その奴隷たちどうするんですか?」

 そんな言葉を完全無視するかのようにタカトは伸びをすると、ステージの真ん中で大きな声を上げた。

「さぁ! みんな! これで自由だ! もう、どこに行ってもいいんだぞ!」

 しかし、奴隷たちは、互いに顔を見合わせるだけで動こうとしない。

 ナナもまた、ステージに座ったままである。

「どうしたんだ! もう、君たちは奴隷なんかじゃないんだ! 一人の自由な人間なんだ!」

 必死に説得するタカトは、この状況が理解できない。

 せっかく魔人たちの奴隷から解放したのにもかかわらず、誰一人として喜んでいない。

 それどころか、困惑の表情さえ浮かべている者までいた。


 ステージに頬杖をつき、タカトをバカにするように見上げるリン。

「タカトさん、ココをどこだと思っているんですか?」

 タカトは、キョトンとする様子で振り返り、足元のリンを見た。

 リンは続ける。

「魔の融合国ですよ! 魔の融合国! ここで、その奴隷の刻印の入っていない人たちを自由にしたら、あっという間に食われてしまいますよ。まぁ、人魔症の末期みたいですから、無理してまで食べる魔人もいないかもしれませんが、それでも知能の低い飢えた魔物なら、おそらくそんなゴミのような人間でも食いますよ」

「お前! ゴミって言うな! ゴミって!」

 だがそれを聞くタカトの顔は、しまったという表情に変わった。

 淡々とつづけるリン。

「それは失礼しました。でもその人たち、すぐにでも人魔症発症しますよ。どうするんですか? それ……タカトさんが処分できるんですか? 人魔症が発症すると狂犬みたいになんでも噛みつきだしますよ。だから魔人世界でも当然駆除対象になっているんですから」

「……俺が……それをするの……」

「当り前じゃないですか。奴隷を購入したのはタカトさんなんですから、タカトさんに責任があります。これ魔人世界でも常識!」

 奴隷たちの方へと振り向き直すタカト。

 リンの「処分」や「駆除」と言った言葉を聞いた奴隷たちが、互いに身を寄せ合って震えていた。

 タカトの手も震える。

 ――もし、人魔症が発症したら俺がこの人たちを殺さないといけないのか……

 震える手をギュッと握りしめた。

 ――そんなのは嫌だ……

 だが、どうすればいいのか分からない。そんなことも考えずに、ついつい突っ走ってしまった。

 タカトはリンに尋ねる。

「人魔症を治す方法ってないよね……」

「何度も言ってますが、人魔症は治せません! だからかからないように予防するんです」

 だよな……

 そんなことは分かっている。分かっているけど、念のために聞いておきたかったのだ。

 魔人世界には、もしかしたら聖人世界にない治療法があるのかもと思ったりもした。

 でも、よくよく思い出すと、確か以前にリンは言っていた。

 人魔症にかかった体内の魔の生気を吸い出せば、人魔症の発症を遅らせることができると。

「魔人世界では、魔人が魔の生気を吸いだせば人魔症の発症を遅らせることができるって言ってなかったっけ?」

「まぁ、できますけど、遅らせることができるだけで、治すことはできませんよ」

「なら、この人たちだって、ミーキアンに頼めば何とかなるかな?」

「うーん、どうでしょう? 人魔症の末期でしょ。ミーキアン様が魔の生気を吸っても、そんなに長く持たないと思いますよ……」

「でも、少しは生きられるんだよね……」

「大体そんなことをミーキアン様に頼むんですか? 末期になると、吸い取る生気も腐ったような匂いがするってミーアお姉さまも言ってましたよ……」

 人魔症の初期であれば、その魔の生気はジュースのように美味しいらしいのだ。

 しかし、末期になってくるとドブのような匂いを発しまずくなる。

 こんな状態になれば、魔人たちが魔の生気を吸いたくなくなるのは当然である。

 魔の生気を吸い取られなくなった末期の患者は、ついに人魔症を発症し暴れ出し、ついには駆除されるのである。

 まぁこういった理由で、大方の多くの魔人たちは末期症状になる前にさっさと食って処分してしまうのである。

 しかし、今のタカトにとって、ミーキアンにすがる以外に方法はないのだった。








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