第652話 タカトとクロトのメイ推理

 怒り狂ったアジャコンダが口を大きく開けて襲い来る!

 ガッシャ―ン!

 大きな音とともにアジャコンダの頭が積み重なる木箱の中に突っ込んだ。

 その瞬間、木箱の中に納まっていた内容物が天井高く舞い上がる!

 ひらひらと落ちる銀色の紙吹雪。

 控室のいたるとこに四角い雪が降り落ちていた……


「ヒィイィイィィ! ヒィイィイィィ! ヒィイィイィィ!」

 悲鳴をあげるサンド・イィィッ!チコウ爵。気を失ったルリ子を頭上に掲げながら木箱から飛び降りて、部屋の壁際を沿うようにダッシュしていた。

 どうやら、間一髪、彼はアジャコンダの牙から逃れたようである。

 だが、次の瞬間、大きく積みあがった木箱が吹き飛ぶと、その下からアジャコンダの頭が勢いよく持ち上がった。

 そして、逃げゆくサンド・イィィッ!チコウ爵の背中に舌先を向けたのである。

 もしかして、このアジャコンダは臭い汁をかけたサンド・イィィッ!チコウ爵を狙っているのだろうか。

 だが、その汁を発射したのはデスラー総統。

 というか、デスラー総統はどこに行ったというのだ?

 もしかして……もう……食べられたとか?


 いや違う! デスラーはいまだ生きていた!

 半分崩れるもその高さを残した木箱の上部に手をかけながらデスラーはぶら下がっていたのである。

 だが、そんな彼もまた無事ではなかった。

 あのアジャコンダの突撃。それは想像以上に激しかった。

 巻き起こる突風!

 壊れた木片がまるで飛び散るガラス片のように辺り一面を切り裂いたのだ!

 そのため、デスラーもまた傷だらけ……それは、もう、むごたらしい状態だったのである。

 って、べつに血まみれとかそんな状態じゃないからね。

 そう!彼はピンピンとしていた。

 そのため、なんとか木箱の上によじ登れたのである。

「ワハハハ! このデスラーを舐めるなよ!」

 そして、木箱の上で偉そうに仁王だつデスラーの股間には小さなウィンナーがビンビンと匂い立っていた。

 って、誰が舐めるか! お前のような小者などwwww

 って、なんで下半身まるだしやねん! ズボン履いてないんかい!

 いや、先ほどまではちゃんと履いていたのだ。

 履いていたのだが……アジャコンダの突撃によって舞い起こった突風と木片によって履いていたズボンがむごたらしく切り裂かれてしまったのである。

 む……無念……

 だが、ものは考えよう。あのアジャコンダの突撃を食らって、これくらいのダメージで済んだということは不幸中の幸いなのである。


 一方、入り口付近では、タカトがその様子をじっくりと観察していた。

 そう、発見とは物事をよく観察することから生まれるのである。

 目の前の対象物の細部までじっくりと時間をかけて観察する。

 その形、色、動き、音などを通して、その本質まで想像するのだ。

 すると、どうだろう……先ほどまで見えなかったものまで見えてくるではないか。

 それはまるで解けなかった問題も解けてくるかのよう。

 というか、タカトが解けなかった問題……それは……

 『なぜ、あの蛇はあのゾンビを追いかけているのだろう……』ということであった。

 というのも、木箱の上で笑っているデスラーには目もくれないのだ。

 それどころか、タカトやクロトを目の前にしても食おうとせず、頭の向きをクルリと変えたのである。

 ――なぜ?

 それを見たタカトは疑問を抱いた。

 一見すると、単にカルロスを食らって腹が太っているだけとも思われた。

 だがしかし、現に今、あの蛇はサンド・イィィッ!チコウ爵を執拗に追いかけているのだ。

 腹が太っているのであれば、追いかける必要などないではないか。

 ――ならば、なんで追いかけているのだ?

 だが、アジャコンダの動きをしっかりと観察していたタカトは、ついに一つの仮説に行きついたのだ!

 それは!『きっと、このアジャコンダは純真な乙女に違いない!』というものであった。

 純真とは、世間ずれしておらず、素直でけがれのないさま。

 そう、純真な乙女とは、いまだ男を知らない清い体の乙女のことなのである。

 だからこそ!

「顔に汚い汁をかけられて怒ったに違いない!」

 絶対なる確信を持ったタカトは自分の仮説をクロトに得意げに説明した。


 だが、右手を下あごにつけるクロトは目の前の状況をしっかりと観察しながら、タカトの説を否定した。

「確かに……純真な乙女という説はあっていると思うけど……彼女の目的は違うとおもうよ」

「なんでだよ!」

 自分の仮説を否定されたタカトは、当然に反発した。

 まぁ、人間とは絶対なる確信を否定されると意外とカチンとくるものなのだ。

 だが、クロトはそんなタカトに目もくれず、アジャコンダを注視しながらゆっくりと語りだした。

「おそらく……彼女は純真な乙女だからこそ、先ほど交わしたチャンピオンとの約束を頑なに守っているだけなんだよ」

 その説明の意味が分からないタカトは当然に、「へっ?」とキョトンとした表情を浮かべた。

 というのも、チャンピオンによるアジャコンダ ドキュン♡殺の瞬間、タカトは耳鳴りによって遠くの音がよく聞こえていなかったのだ。

 だからこそ、タカトはチャンピオンとアジャコンダの間に交わされた愛の約束など知りはしない。

 知らないものだから、当然にそんな条件を考慮することなく仮説を立てたのである。

 だが、クロトは聞いていた。

 聞いていたから、当然にそれをもとに仮説を構築しただけなのだ。

 しかしまぁ、人間と魔物との間の約束など信じる方も信じる方である。

 作者のような凡人であれば、おそらく、そんな与太話など馬鹿馬鹿しくて考えることすらしないだろう。

 だって、人間と魔物は全く別物。

 魔物は人間を食べる存在なのだから。

 だが、天才というものは、それがどんなに馬鹿馬鹿しい事象であったとしても決して無視することなく考慮の一端に入れるものなのだ。

 その結果、凡人が思いもしなかったような仮説を生みだすのである。

「さっきから彼女は私たち人間には目もくれないだろう。おそらく、私たち人間を魔物から守ろうとしているんだよ。きっと」

「どいうこと……?」

「分からないかな? 彼女が食べたのは魔装騎兵になったカルロス隊長。そして、今、追いかけているのは、魔物組織が融合加工されたサンド・イィィッ!チコウ爵。その体からは融合加工で使われた魔物の匂いがプンプンと匂っているはず。そして、その匂いが生き物のように動くんだ。おそらく、彼女にとって、それは魔物と同じように見えているにちがいない」

 それを聞くタカトは、にわかには信じられなかった。

 魔物が人間を守る? そんなことは聞いたことがない。

 そもそも、魔物は人間を食べるものなのだろう。そんな魔物が人間を守る?

 そんなことがあるのだろうか?

 だが、タカトもまた思考は柔軟。切り替えが早いのである。

 ――確かに人間だって、食べるために飼っていた動物を食べずに育てることがあるよな……というか、よくよく考えたら俺もミーキアンに食べられなかったしなwwww

 ミーキアンとは魔の融合国にの第三の魔人騎士である。

 タカトとビン子がエメラルダを守るために魔の融合国に逃げ込んだ際、ミーキアンに保護してもらったのだ。

 当然、タカトの周りは魔人ばかり。

 はじめは食べられる恐怖を抱いていたタカトであったが、慣れるに従い、まるで海外旅行でも楽しむかのように平然と過ごしていたのである。


「ということは、あの蛇の奴……人間に情でも持ったのか?」

「でも、情は情でも愛情だと思うけどね」

「はあ? 愛情?」

「うん。おそらく、あの彼女、チャンピオンにホレたんだと思うよ」

「はぁぁ?」

 どうやらクロトはタカトと違って色恋の事情には意外と詳しいようである。

 まあ、その真偽はどうでもいいとして、どうやらクロトの説ではアジャコンダの奴、デスラーやタカト達など鼻から狙ってなどいなかったようなのだ。

「ということは、俺たちは食べられないってこと?」

「ああ多分ね……」

「でも、カルロス隊長は?」

「たぶん……もう……」

 そんなタカトの問いかけにクロトは静かに首を振るだけだった。

 そう、今やカルロス隊長はアジャコンダの腹の中なのだ。

 おそらく、もう、消化作業が始まっているころあいだろう。

 という事は、カルロス隊長の体はもう……ドロドロ……

 そんな様子を想像したタカトの顔から血の気が引いていく。

 あれほどたくましかったカルロスの体が、骨だけのホッソリとしたスリムな体へとダイエットできているかもしれないのだwwww

 ――そんな……カルロスのオッちゃん……

 とっさにタカトはアジャコンダへと振り返った。

 そして、渾身の力で叫んだのだ。

「カルロスのおっちゃ―――――ン! ビン子にダイエットの仕方!おしえてやってくれぇぇぇえぇぇ!」


 ビシっ!


 本来であれば、ここでビン子ちゃんのハリセンがいい音を立てるのだwww

 だが、残念ながらビン子ちゃんはこの場にはいないのである。

 というのも、ただいまハイグショップの段ボールに包まれてお休み中なのだww

 

 であれば、その打ち付けられたような音はどこからしたのであろうか?


 そう、あの瞬間! タカトの目の前でアジャコンダの頬肉が消し飛んだのである!

 それはまるで鋭利なナイフで空間を綺麗にくりぬいたかのようなえぐられた方。

 あのコンバトラーⅤのチ〇コミサイル、いや、ビックブラストを発射した後のようなまん丸の穴がアジャコンダの頬を貫いていた。

 そんな穴から遅れて噴き出す大量の魔血。

 あまりの激痛にアジャコンダも頭を振り上げ悲痛なる叫び声をあげたのだ。

「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁしぇぇぇぇぇぇぇぇぃ!」


 だが、穴は一つだけでなかった。

 アジャコンダの大きな体に次々と黒い穴が穿っていく!

 そのたびに吹き出す大量の魔血。

 今や、その大きな蛇の巨体が地面の上でのたうち回っていた。


 この攻撃は、もしかしてアジャコンダの体内にいたカルロス隊長のものだろうか?

 確かにカメの魔装騎兵となったカルロス隊長には力はある。

 力はあるのだが……どうにもスマートではないのだ。

 できるのは、力で思いっきり叩きつぶすことだけwww

 つまり、ハンマーのように敵を全力で叩き潰すことに長けていたのだ。

 だから、傷口を丸くきれいにくりぬくなどと言ったスマートな芸当はほぼ不可能というか、やる気が全くないのである。

 だからこそ、魔装騎兵の訓練校で教鞭をとっていたカルロスは教えるのだ。

「敵を叩き潰すのに綺麗も糞もありはせん! 死の前ではすべて等しく平等! だから、力いっぱいぶちのめせ!」


 ということは、コレは一体誰の攻撃なのだろう?


 

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