第289話

「お嬢ぉぉぉぉオオオオ!」

 真音子に巻き付いた触手が、紫の体液をまき散らしながら暴れくるっていた。

 魔物の顔のようなイサクの出刃包丁が、触手を叩ききっていたのだ。

 真音子を抱きかかえるイサク。

「お嬢! お怪我はありませんか?」

「このボケ……遅いわ! それよりビン子さんを……」

 イサクの胸に抱かれた真音子の声はか細く、弱々しかった。

「その顔は改良型139号! まだ生きていたのか!」

 ケテレツがイサクを見て叫んだ。

 イサクは、3000号の触手が届かぬところに真音子を寝かす。

 そして、静かに立ち上がると、鬼のような形相でケテレツをにらんだ。

「お前こそまだこんなことを続けていたのか!」

「外のペットたちはどうした!」

「あぁ、アイツらか。あいつらなら、すべて人として天に返してやったよ」

「全部か!」

「あぁ……」

 イサクの握りしめた拳が小刻みに震えていた。

 地下室の外にいた第三世代の融合体は、イサクによって全て駆逐されていた。

「お前はバカかぁ! あのペットども作るためにどれだけの時間がいるのか知っているのか!」

「知るか! ボケ! 今度はお前を地獄に落としてやるよ!」

 ケテレツが3000号の側に駆け寄る。

「欠陥品は3000のエサとなれ!」

 イサクを指さすケテレツの手を合図にするかのように、3000号から無数の触手が発射された。

 イサクめがけて勢いよくまっすぐに伸びる無数の触手。

 フン!

 イサクの気合と共に振り下ろされた出刃包丁が、触手を切り裂いた。

 余裕をかますイサクは、ゆっくりとエプロンからすり棒を取り出した。しかし、そのすり棒、どう見てもすり棒には見えない。バットに無数に釘が打ち付けられているただの凶器である。

「くたばれ! ぼけぇぇぇえ!」

 出刃包丁とくぎバットを両手に掲げ、3000号に突っ込むイサク。


 まるでキャベツを千切りにするかのように出刃包丁が振り下ろされる。

 山芋をするかのように釘バットが触手を引き裂いた。

 エプロン姿をしたイサクは、忙しくキッチンを舞うお母さん。

 ただし、その紫色の血にまみれた、鬼の形相を除いてはであるが。


「お前は許さん!」

 荒れ狂う無数の触手の中を、徐々にケテレツめがけて進むイサク。

 ひっ!

 その修羅のような希薄にケテレツは恐怖した。

 この、3000号の触手の攻撃を全く意に介せずに近づいてくるイサク。

 3000号の攻撃は、触手と、前方にある大きな口の噛みつきである。

 触手攻撃が、効かぬ今、後は、噛みつきよる丸のみであるが……まだ、遠い。

 もっと近づけ!

 恐怖におびえるケテレツは、3000号の噛み付攻撃に望みを託した。

 あと少し!

 ケテレツの顔がニヤける。

 今だ!

 大きく伸びあがった3000号の体。

 その体の前方のある大きな口が、真っ暗な闇を開け、イサクの頭めがけて落ちてきた。

 ドガーーーン!

 大きな音共に土ぼこりが舞った。

 やったか!

 ケテレツは頭を押さえ、土ぼこりの先をにらんだ。

 しかし、土ぼこりの中から姿を現したのは、3000号の塊ではなく、イサクであった。

 3000号は、ケテレツの背後でひっくり返っていたのだ。

 そう、3000号の口が落ちるとと同時、イサクのアッパーの拳が、その3000号の顎に入った。全開放をしたイサクの一撃は、3000号を弾き飛ばしたのである。

 コイツ! 化け物か!

 自分が作ったのにもかかわらず、イサクを化け物呼ばわり!

 イサクが、頭をかかえうずくまるケテレツをにらむ。

「このカスがぁァァぁ! 地獄に落ちやがれぇぇぇぇえっ!」

 振り上げた出刃包丁を一気に振り下ろす。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げるケテレツ。


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