第93話 青いスライム(5)
「あっ! グラマラスなおばさま!」
タカトの中でミズイはババァから格上げされたようである。ミズイは、あたりを見渡しビン子がいないことを確認した。まるでビン子を邪魔者としてみているようであった。地面に降りてくる光にタカトが包まれていく。その光によってタカトもまた魔物たちの牙から守られた。
「大変そうじゃの。助けてやろうか」
「金はないと言っとるやろが!」
タカトはスライムを抱えながら身をよじる。よほどポケットの中の大銅貨が惜しいのであろう。ミズイはタカトにそっと顔を近づける。老婆の時には垂れ下がっていた目尻がまっすぐに切れ上がり、美魔女のような美しさを醸し出していた。右手の中指でそっとタカトの顎下からに口へといやらしく指をうごかす。一瞬、体を緊張させるタカト。
「金は要らん。助ける代わりにお前の生気を寄こせ」
「アホか。俺はさっきそれで倒れて、この始末なんや!もとをただせばお前のせいじゃ!このくそババア!」
タカトの緊張は怒りによってすぐに解けた。そして、責任をとれとばかりに声を荒らげ、ミズイにつかみかかろうとした。ミズイはその手をさっと避ける。
「そうか、ならば、さらばじゃ……」
ミズイの光はスーッと上へと昇っていく。
タカトの足元の光の輪が縮まる。それに呼応して、魔物たちの群れもタカトの足へと近づいてくる。
タカトは咄嗟にこびた。
「お姉さ~ん。そんなに急いで帰らなくても、もう少しお話だけでもいかがでしょうか……」
仕方なしに光が下りてくる。
タカトの足元の光が徐々に広がり、魔物たちを押しのけていく。
ホッと胸をなでおろすタカト。
「なんじゃ、気でも変わったか」
「いやぁ、生気吸われるとさすがにくらっときてですね……そのあと
とりあえず、ミズイの機嫌を損ねると、この光の中から放り出されてしまう現実は認識できた。ならば、ビン子が助けを呼んでくるまで、すこしでもこの光の中にいたいと思ったのだろう。タカトは額から汗を垂らしながら、必死に話を伸ばそうとした。
「なんじゃ、そんなことか」
ミズイは冷たい視線でタカトを見つめる。
タカトは、最後の希望を手放すまいと、涙目でいっぱい微笑みながら大きく何度もうなずいた。
「ワシが、神の恩恵でこの魔物たちを駆逐してやる」
「さすが! 神様! そんなことができるのですか。ヨッ!神様!ミズイ様!」
タカトが白々しくミズイを持ち上げる。プライドもくそもなく、もう必死である。
「しかし、それをやると、わしの生気は尽きてしまう」
「と言うことは、また、おばあさまに戻られるということでしょうか……」
タカトは名残惜しそうに、ミズイの胸の谷間を見つめた。
ミズイは、馬鹿にしたような目で答える。
「ゆっくりと生気がなくなれば、身体変化である程度、対応は取れるが、神の恩恵のように大量の生気を瞬時に使えば、一発で荒神になってしまうじゃろう」
「荒神ですか……それは大変ですね……」
タカトは、今ひとつよくわかってない。まぁ、とりあえず、ミズイには生気が必要なことは分かった。しかし、自分の生気を吸われると、先ほどまでのように睡魔に襲われ身動き一つ取れなくなってしまう。さてさてこれは困った。タカトは左わきに抱えた女の子のことを今思い出した。
――そういえば……
タカトは左わきに抱えた女の子を見る。しかし、そこには女の子は存在せず、ただの青い塊が抱えられていた。
――これは何だ……
どう見てもスライムのようである。
汗がさらに噴き出す。
意味が分からない。
助けたのは女の子のはずだったのに……
思考が停止したタカトは左脇に抱えたスライムをミズイへとつきだした。
「この女の子でいかがでしょうか?」
「ただのスライムだが……」
「あら? ただのスライムですか……」
「ワシが念入りに何度も見たんじゃから間違いない。ただのスライムになっとる。まぁ、毒耐性は獲得しとるみたいじゃがな」
「ただのスライムでも、生気の固まりのスライムとか……」
「それもない……」
「実は人間に化けられるとか……」
ミズイは、寂しそうな目でスライムを見つめた。
「今のところそれもない。本当に、ただのスライムなんじゃ」
「そんなぁ……」
「じゃから、神の恩恵を使った後、お前から生気を補充させろと言っているんじゃ」
「そしたら、俺が死ぬやんけ!」
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