第474話 スネークホイホイ作戦(1)

 先ほどからスタジアムは、悲喜こもごもの声援が大音響に包まれていた。

 今やトラックの中には本命のグレストールと、超大穴のハヤテの2匹しか残っていないのである。

 本命のグレストールにかけた魔人たちの興奮は最高潮!

 残るは半魔の犬一匹!

 さっさと食ってしまえ! と、懸命に応援する。

 他のライオガルたちにかけていた魔人たちの魔物券は、すでに紙屑と化していた。

 全財産をかけていた魔人もいたのだろうか。

 絶望と悲鳴が入り混じる阿鼻叫喚がこだまする。

 しかも、よりによって残ったのが、半魔の犬だ。

 ありえない。

 あの半魔さえいなければ、もしかしたら自分が応援していた魔物が残っていたかもしれないのだ。

 などと、理不尽なこの世の終わりとも思えるような絶叫が響く。


 さて、三週目。

 ハヤテとタカトの前には魔物はいない。

 そして、後ろにもまたいない。

 第一コーナーを回ったハヤテはスピードを落とす。

 相変わらず三頭蛇のグレストールはスタート地点から動かない。

 ハヤテたちがぐるりと一周回って戻ってくるのを待ち構える作戦だ。

 ハヤテは、動かぬグレストールを睨みながら、ゆっくりとトラックの線に従い歩を進める。

 だが、内心ハヤテは、怖気づいていた。

 すでに、6匹いた魔物たちはもういない。

 6匹の内、ダンクロールを除く5匹とライオガルの騎手であるカマキガルは、もうすでにグレストールに食われたのである。

 いま、半魔のハヤテが一匹でスタート地点に戻ったとしても、あのグレストールにかなうだろうか。

 無理だろう……

 もう、宿敵のゴリラはもういない。

 ゴリラをこの手で負かすことはできなかったが、それはそれでいいのではないだろうか。

 いっそこのまま、観客席に向かって逃げ込むというのはどうだろうか……

 だが、主催者は許してくれないだろう……

 おそらく、スタジアムを出るまでに捕まって殺される

 などと、少々気圧されるハヤテ。


 そんなハヤテの頭にポンと手が置かれた。

 まるで、その不安を感じ取ったかのようである。

「心配するな!」

 それはタカトの手であった。

 ハヤテは、ゆっくりと背に乗るタカトに振り向いた。

 先ほどまで、脳震とうを起こして目をまわしていた男である。

 それが、いま、ハヤテの頭に手を置いて、笑っていた。

 だが、やっぱり、その笑みは小刻みに震えている。

 手に持つ小剣が、先ほどからカタカタと音を立てている。

 おそらく、タカト自身もかなりビビっているのだろう。

 ――なんだ、コイツ、やっぱりビビりか……

 そう思うハヤテは、急に自分もタカト同様にビビっていたことが恥ずかしくなった。

 ――フン……やるしかないよな……

 そう思うハヤテは、自分たちの力のみでグレストールを潜り抜ける方法を考える。

 だが、奴には三つの首がある。

 一つをかわしても、残り二つが襲ってくる。

 ならば……その口をふさぐか……

 ハヤテは、タカトに命じた。

「目の前に転がる奴隷の死体を背負え!」と

 その言葉に、タカトの頭についた犬耳が、ピクんと揺れた。

「えっ……俺が背負うの……?」

「お前しかいないだろうが!」

 ハヤテがタカトを睨む。

「やりたくないのなら、別にその死体の代わりにお前を投げるだけだがいいのか!」

 ハヤテは、そう吐き捨てると、転がるダンクロールの死体に噛みついた。

 タカトはビビる。

 ――コイツ……もしかして、死体をあの蛇に投げつけるつもりとか……そして、その死体を運ばなかったら、代わりに俺を投げつけるつもりなのかよ……

 そりゃたまらんとタカトは、いそいそとハヤテの背から降りる。

 小剣を腰に戻すと、急いでダンクロールの横に転がる首がない奴隷の体を背負った。

 だが、今だ血が垂れるその死体。

 背負ったタカトの肩越しに少々時間がたった赤黒い血が、べっとりと帯のように垂れていく。

 ひっぃぃぃ!

 タカトの目はすでに恐怖で涙目になっていた。

 ――なんで、俺が首のない死体を運ばなきゃならんのだ!

 しかし、これを運ばなければ、自分が蛇の餌になる。

 頭では理解していても、嫌悪感が全身の肌をざわつかせた。


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