第264話 研究棟(2)

 ――生きているのか……

 カルロスは袋の中から男を抱き起そうと、すっと手を伸ばした。

 だが、その手はピタリと動きを止めた。


 というのも、その袋の中には男の体がなかったのである。

 いや違う。

 正確には人間の体がなかったと言った方がいいのかもしれない。


 袋の中で転がる頭の下には、太く長く伸びる一本の肉のひもが横たわっていた。

 それは、まるで蛇の様な肉体である。

 まさにどこから見ても、魔物そのものの体。


 しかも、袋からのぞく蛇のような体の表面は、ところどころ壊死が始まっていた。

 溶け落ちる肉の隙間からは骨が見えていたり、内臓がこぼれ落ちている始末。


 これも人間の首と魔物の体が適合しなかったことによる拒否反応なのだろう。

 もうこうなると、この男は体を動かすことすら難しいだろう。

 いや、動かせたとしても、長く生き長らえることは不可能に違いない。

 この施設の主は、おそらく実験に失敗したこの検体を廃棄するために、黒い袋に入れ転がしていたのだ。


 どうやら、ここは人間と魔物の組織を融合する実験場のようである。

 だが、この融合体は人間の体を魔物能力で強化させる第五世代の魔装騎兵とは違っていた。

 どちらかと言うと、第三世代の融合に近いのかもしれない。


 第三世代とは、人間に魔物の感覚器官を直接人間の体に融合させる。

 これにより、力や感覚をの強化をもたらすものである。

 かのイサクもまた、第三世代の融合加工手術を受けていた。


 第三世代は、体に直接融合させるため、第五世代のように開血解放時にのみ魔物組織が現れるというモノではない。

 解決開放を行っていないときであっても、魔物組織が残ってしまうのだ。

 そのため、融合手術後も一見して魔物のように見える部分が、体のあちらこちらにできてしまうのであった。

しかし、駐屯地に配備されている第三世代はあくまでも人間がベースであり、人間の感覚器官を強化するということが目的であった。


 だが目の前に転がる男は全く違う。

 首は人間だが、その下は完全に魔物。

 第三世代の応用であることは間違いないが、全くの別物と言ってもいいものだろう。


 カルロスはあたりを見回した。

 人間と魔物の組織を融合する実験場という考えで見渡してみれば、この周りの異様な雰囲気もなんとなく合点がいく。

 と言うのも、タンクに入っている魔物組織はどれも使いやすいように部分部分に切り分けられているのだ。


 中には、既に人間と融合されているものもある。

 だが、やはりそれらは、ただの好奇心で行ったと言えるほどに奇怪な形をしたものばかりであった。

 どう考えても、これを行った者の思考は戦闘力の強化、利便性の向上とは全くの別次元にあるのに違いない。

 そう、言うなれば、ただのおもちゃである。

 人間と魔物を切り刻んではくっつけて、ただただ遊んでいる。

 まさにそうとしか思えないような光景なのだ。


「殺してくれ……ケテレツにやられたんだ……殺してくれ」

 袋の中の男は最後の力を振り絞るかのように言葉を発した。


 殺してくれ……それは自分を殺してくれと願っているのであろうか。

 それとも、自分をこんな姿にしたケテレツを殺してくれと言っているのであろうか。

 それが分からぬカルロスはただただ沈黙して男を見守ることしかできなかった。


 ぐがぁぁぁぁぁぁ!

 だが、男の目は大きく見開き、激しく痙攣を始めた。


 突然の事にカルロスは、男を抱き起そうと手を伸ばす。

「オイ! 大丈夫か!」

 だが、カルロスに抱えられた男の口からは、おびただしい血が流れ落ちると、もうその体は動かなくなっていた。


「酷い……」

 震える手で口を押えるビン子

 その横ではコウスケが、壁に手をつき吐き気を催していた。


 怒りに震えるカルロスの小さな声が、静かになった部屋の中にひときわ大きく響いた。

「これを作ったものの心の醜さが現れているようだ……」


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