第640話 ニシン ラオウ!(2)
というのも、このニシンラオウ! ラーメン作りには、とてつもないこだわりを持っていたのである。
魚介スープよりも濃厚なスープ
豚骨スープよりも匂いの強いスープ
ニンニクスープよりも精力がついて! 女性受けするスープ!
そんなラーメンのスープづくりを日々目指して仕込みを続けていた。
確かに、そこまでのこだわりといえば聞こえがいい。
だが、そのこだわりのせいで、キッチンラ王は閑古鳥のなくラーメン店になっていたのだwww
誰もいないキッチンラ王の店内……
もう昼だというのに薄暗い店内には客の姿は全く見えない。
そんな店内にコトコトと音を立てて煮えたぎる鍋の音だけが小さく響いていた。
厨房内では、その鍋を睨み一人黙々とラーメンの仕込みを続けるニシンラオウが立っている。
懸命に仕込みをしたところで、それを注文してくれる客など来やしない。
――分かっている……分かっているのだが、自分にはこれしかないのだ……
ラオウは唇を固くかみしめ鍋の中をかき混ぜる。
とたん、鍋の中からムワッとしたイカ臭いにおいが立ち上った。
そんな時、キッチンラ王の入り口が激しい音を立てた。
ガタガタ……バキン!
店内に激しく倒れこんだ引き戸のドア。
そんなドアを踏みつけながら一人の女性が店内に入ってきたではないか。
「おい!クソ野郎! このクソ入り口! いつになったら直すんだよ!」
そう、この女性はルリ子である。
ルリ子は、お決まりのカウンターの席にドスンと腰を下ろすと、
「おい!クソ野郎! いつもの!」
と、メニューも見ずに注文した。
しかし、ラオウもまた、その注文に慣れているのだろうか、何も言わずに店の奥から一つの皿を取り出してくると、カウンター越しにルリ子の目の前に置いたのだ。
そこにはアンパンが一つ。
ルリ子はそのアンパンに手を伸ばすと嬉しそうに頬張りだした。
「うめぇぇ! このアンパン!相変わらずクソうめぇぇえ!」
だが、その様子を見るラオウは腰に手をやり不機嫌そのもの。
「お前な……うちが何の店か知っているのか?」
「パン屋?」
「違あぁぁぁぁぁう! うちはラーメン屋だ!」
「あのな……くそ野郎……お前はパンの腕は最高なんだ。だから、ラーメン屋を諦めてパン屋をやれよ……運動会で食べたアンパン、あの味を超えるアンパンを作ってくれよ……」
そう、幼い時のルリ子が運動会で父ヒロシと一緒に食べたパン喰い競争のアンパン。
そのアンパンを作ったのがこのラオウだったのである。
――あの時の味は最高だったのに……クソ野郎が……
いまや父ヒロシを失ったルリ子にとって、そのアンパンだけが心のよりどころだった。
だが、ラオウはパン屋ではなくラーメン屋だったのである。
当時、間違って買ってしまった薄力粉……コシを必要とするラーメン作りには使えなかった……
だが、このまま薄力粉を捨てるのは忍びない……というか、食べ物を粗末にするのは料理人としてのプライドが許さない。
ということで、薄力粉と強力粉をまぜてアンパンを焼いてみた。
そんな時! 運命のいたずらか!
パン喰い競争のパンが何者かによって食い荒らされて、急遽、新たなパンを買いに走り回っていた教師がキッチンラ王の前を通ったのである。
香ばしいアンパンの匂いが鼻をかすめる……と、教師はすぐさま店内に飛び込み懇願した。
「そのアンパン売ってくれ!」
「俺はパン屋じゃねぇ! ラーメン屋だ!」
「なら! タダでくれ!」
「O.K牧場www」
って、タダでいいんかいwww
そんなアンパンをもう一度ラオウに作ってもらいたい……
ルリ子はそんな思いでこのキッチンラ王に通っていた。
だが、ラオウの言葉はいつも同じ。
「俺はパン屋じゃねぇ! ラーメン屋だ!」
しかし、ルリ子も負けてはいない。
ドンとカウンターを叩くと勢いよく立ち上がる。
「お前にはラーメンの才能がないんだよ! このクソ野郎! いい加減に気づけよ!」
ルリ子は鼻をつまみながら厨房内の鍋を指さす。
「この鍋のイカ臭いにおい! マジでこんなスープを客に出す気なのかよ! このクソボケ!」
そう……ラオウが作っているスープ……
364日間……煮込みに煮込んだこのスープ……
これがなんとも臭いのだ……
豚骨スープ? いや違うwww
ならば魚介スープ? それも違うのだwwww
「なんでこれが臭いんだよ!」
ラオウはトングで鍋の中をまさぐると一つの物体を取り出した。
鍋の上でボトボトとスープを垂れ落とすその物体。
「俺が毎日毎日、寝ている間に一晩かけてしっかりと仕込んだ代物なんだぞ!」
そして、これをよく見ろ!と言わんばかりに、それをルリ子の前へと突き出した。
「ひぃぃぃいぃぃい!」
途端にルリ子の顔は引きつった。
そして、ゴキブリも驚くほどのスピードでカウンターから背後に飛びのいたのだ。
「そんなもの!ルリに近づけるな! このクソ変態野郎!」
そう……
今、ラオウがトングでつかんでいるものは「ハイレグパンツ」
一晩、しっかりとラオウ自身が履いて寝たハイレグパンツなのである。
しかも、寝ている間にドビュッシーの名曲「夢想」ならぬ「夢精」を5曲ほど奏でたハイレグパンツは、朝起きるとカピカピ。
それはもう、カピバラも驚くほど獣臭かったwwww
だが、そんなカピパラも鍋で煮込んだことによって、今はワカメのようにだらりとしおれている。
そんなカピパラが364回分、一日も休まずに煮込み続けられたスープは、今や亜麻色の髪の乙女すら想像妊娠してしまうほど超危険物質になっていたw
「このクソ野郎! ひたすらパンツを煮込むんでんだからパン屋でいいだろうが!」
確かにパンツのパン……あっている。
そう!「パン屋」とはこの変態野郎に向けたルリ子なりのディスりなのである。
「パン屋じゃねぇ! ラーメン屋だ!」
「ならパンツを煮込むな!」
「俺はな! 俺は!女にモテたいんだ! だから! 男性フェロモンがたっぷりと溶けだしたこのスープを女に飲ませて、俺に一目ぼれさせたいんだよぉぉぉぉ」
「そんなもので女が惚れるか! 同人誌の読みすぎや! それどころか逆にドン引きもんや! このクソ変態野郎が!」
ちなみに、男性フェロモンの主要成分である「テストステロン」は、精巣でつくられるそうですwwww
そこまでして準備を整えたハイレグパンツ……
ドビュッシーの名曲がリフレインで奏でられたハイレグパンツ……
今日もラーメンの仕込みは万全だった……
そう、ルリ子が夜のシャッターを蹴るまでは……
ガン!ガン!ガン!
「開けんか! このクソパン屋ぁぁぁぁぁ! 今!何時だと思っているんだ! 寝るには早いんだよ! 起きろ! 働け! このクソ野郎が!」
ルリ子が買ってきた食材はどれも見たことがないモノばかりだった。
北京ダック
伊勢海老カツ
フォアグラ
カエルの目玉
猿の脳みそ
そして、シュールストレミング
そんな食材たちを厨房内でボーっと見下ろすラオウ。
どうにも寝起きで頭が働かない。
というか、これ……どう調理していいのか分からないですけど……
――まあ、いいか……とりあえず、パンに挟んでおけば何とかなるだろう……
ということで、作るのはサンドイッチに決定だ……
というより、眠たい……
まだ、パンツの仕込みも2曲ほどしか終わっていないのだ……
このままでは明日のラーメンの仕込みに支障が出てしまう……
――さっさとサンドイッチを作って、夢の世界で亜麻色の髪の乙女とランデブーを再開しよう……
そして、最後に……何気に開けた一つの缶詰……
その瞬間、中に閉じ込められていた液体が勢いよく吹き出した!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 俺のハイレグパンツが!」
キッチンに漂う異様なにおい。
その匂いの臭いこと臭いこと!
まさに地獄!
こんな状態で、あすの朝、ラーメン屋を営業することができるのであろうか?
いや! 無理に決まっている!
そう!明日のラーメンの仕込みに使うラオウのパンツがシュールストレミングの液体でベットリと汚れてしまったのだ。
こんなパンツでどうやってスープを作れというのだ!
無理だ! 絶対に無理だ!
「俺のラーメンが! あと一日! あと一日で同人誌に描いていた女を強制的に惚れさせるラーメンができたというのに! どうしてくれるんだよ!」
だが、すでにルリ子の姿はそこにはない。
どうやら、シュールストレミングをさっさとパンに挟んでトンズラこいたようなのだwww
だって、めっちゃ臭いんだもんwww
こんな店、一秒だっていたくないwwwwまぁ、普通の人ならそうなるわなwww
だが、ハイレグパンツをよごされて納得がいかないラオウ。
「許すまじ……許すまじ……アイツに、このパンツを掃除させてやる……」
と、夜の路地へと半裸のままフラフラと歩みだしていったのであった。
ということで、ルリ子の顔が股間に押し付けられている意味が分かったかなwww
まぁ、臭いと言ってもシュールストレミングは一応、食べ物。
慣れてしまえば、それ相応に美味しいものなのだ。食べたことはないけどw
だから、ルリ子もまた、その病みつきになりそうな感覚に目覚めアへ顔になっていたのである。多分www
「ゆ……許して……もう、これ以上、舐められない……」
「お前の舌できれいに掃除しろよ! このシュールストレミングの匂いを!」
腰を振るラオウのハイレグパンツはルリ子の唾液でビショビショ。
だが!この感触……今までの人生において一片の不純異性交遊をしたことがないラオウにとっては衝撃的だった。
そう、ドビュッシーの夢想は想像だけの世界だった……現実世界に相手のいないラオウは、夢の世界で亜麻色の髪の乙女に舐めてもらうしかなかったのである。
だがしかし……それは童貞のはかない妄想。
実際に舐めてもらった経験がないのだから、真の感触がどんなものなのか分かるはずもななかった。
そのため、夜な夜なラーメンの仕込みのために必死に思いを巡らせても、あのヌルっとした感触や生暖かさといったものは全くイメージできなかったのである。
――これでは珍! いや! 真のラーメンができないではないか!
だから……月の光が輝く夜、隣の家にいるオオアリクイにバターを塗って舐めさせてみた。
白いパンツの隙間に忍ばせたイマラッチョ大佐の棍棒を。
それは白アリの巣の中で徐々に大きくなるものの、約5cmほどのミニチュアサイズ。
だが、ミニチュアと言えどもイマラッチョ大佐の棍棒と同じ性能を有しているのである。
そして!ついに!感極まった棍棒は、イマラッチョアタックの末に放出されるイマラッチョビームを放出したのだ!
ドビュッシー
――ああ……これが、真実の愛というものなのか……
ラオウはこの時、はじめて愛に気がついた。
いや、気づいたと思っていた。
だが、いまルリ子によってビショビショにされたパンツ……
パンツ越しとはいえオオアリクイの愛よりも、さらに上位の愛であることは間違いなかった。
「我が生涯に! もう一遍のオオアリクイなし!」
そして! ラオウのパンツの中で膨張していたミニチュア棍棒が、ついに! ついに! イマラッチョビームを発射しようかというとき!
夜の通りの暗闇の奥から不気味な声が聞こえてきた。
「小さ・イィィッィィィ!」
「小さ・イィィッィィィ!」
「小さ・イィィッィィィ!」
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