第188話 ミッション・ビンボッシッブル(4)

 タカトは、フジコに気づかれぬようにそっと自分の枕の下から何か棒状のものを取り出した。

 そして、それをそっとフジコの背に近づけていく。


 開血解放と共にその棒状の先端は、四つの細い腕に分かれ、くねくねとフジコの背に浮かび上がる黒い線の上をなぞりだした。

 フジコは気づかないのだろうか?

 4本の細い腕は、自らが思考し、自動的に背中の上の黒線の中央部分を細かく行ったり来たりしている。

 その繊細な動きといったら、まさに手!いや、指と言ったほうがいいだろう!


「何してんのよ!」

 突然の怒鳴り声が轟いた。

 病室の入り口のドアに仁王立ちで立つビン子からだった。


 ギクッ!

 という表情と共に、フジコは瞬時に直立した。

 タカトの手に持つ4本の細い腕に分かれた棒は、その直立する背中に跳ね飛ばされて、宙を舞う。そして、小さなテントの上にポトリと落ちた。


 ビン子がズカズカと入ってくる。

「何してんのよ!」

 フジコが目をくるくるとさせながら、しどろもどろで答える。

「そ……そのぉ……ちょっと、シーツの上にゴミが落ちててね……」

「あんたじゃないわよ! そっちの変態よ!」

 ――へっ? 俺?

 タカトは自分を指さした。

「あんた以外にいないでしょうが!フジコさんに何をしようとしていたのよ!」

「い・いやぁ……別に……」

「その棒は何よ!」

「なんでもないって!」

「嘘言いなさい! また、あほな物でも作ったんでしょ!」

「アホな物じゃないぞ! 聞いて驚け! これは『帰ってきた! お脱がせ上手や剣(棒)』と言って、女性のブラのホックを気づかれることなく自動的に外すことができる男の憧れる画期的な道具だ!」


 ビン子とフジコは固まった。

 ……

 ――こいつバカだ……


 正直に白状するとは思わなかったビン子は、少々戸惑うも、

「やっぱり、エロいことしようとしてたんじゃないの! このバカタカト!」


「大丈夫よ、ビン子ちゃん」

 フジコは笑いながら話しかけた。

「だって、私のブラ、フロントホックだから、背中を弄っても大丈夫なのよ」


 ――何ですと!

 驚くタカト。

 タカトのテントが、みるみるしぼんでいく。

 風船の空気が抜けきったかのように、元気がなくなった。


「ブラというのは、背中にホックがあるのでは……それを上手に外せるのがイケてる男というのものなのでは……」

「イケてるかどうかは分からないけど、ホックって前にあるタイプもあるのよ。だって、私って胸大きいでしょ。これ以上寄せる必要ないしね。勉強になった?」


 ちっ!

 ビン子の舌打ちが聞こえたような気がする。


 うなだれるタカト

 インポッシブルや……いくら背中を探ってもミッションインポッシブルや……


「いざという時に恥をかかないように、微細な動きを自動的にできるようにしておいたのに……前だというのか……俺の努力は何だったんだぁぁぁ!」

 憤怒の形相で天を仰ぎ見るタカト


 ビシっ!

 ビン子のハリセンがタカトの顔面にヒットする。


「しぇからしか!」


 タカトの頭がベッドの真ん中に横たわる『帰ってきた!お脱がせ上手や剣(棒)』の上に落ちた。

 しかし、その細い腕が、タカトの頭をがっしりとキャッチする。

 四本の細い腕がタカトの頭の髪の毛をグシャグシャにかきむしっていた。


 ――ブラは奥が深い。

 タカトは心の中で思っていたに違いない。


 帰ってきた! お脱がせ上手や剣(棒)の細い腕、見た目の割りに、意外にも丈夫である。

 後日、タカトいわく、「メスゴリラのブラでもはずせるように、強度強化しとるんじゃい!」だそうだ。

 

 その様子に驚くフジコは、ビン子にきづかれないように、そーっと忍び足で、壁づたいに入り口まで進むと、廊下に飛び出していった。

「またねぇ!」


 しかし、この騒動に野次馬たちが集まっていた廊下の奥を、何か得体のしれない影が通り抜けていたことに誰も気づいていなかった。

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