第187話 ミッション・ビンボッシッブル(3)

「どうしました!」

 病室から婦長らしき年配の看護師が駆け込んできた。


 ハエの魔物は振り返る。

 ヒッ!

 尻もちをつく婦長。


 ハエの魔物は、頭の後ろに手を回すと、メキメキとその顔を引きはがし始めた。

 ベッドの上のタカトは、目を丸くし、小刻みに震え全く動くことすらできない様子であった。

 ハエの顔が剥がれ落ちた後から、フジコの顔が現れた。


「ふふふ、ごめんなさいね。でも、そんなに驚かなくてもいいじゃない」

「フジコさん! 何をしているのですか!」

 婦長がすごい剣幕で怒鳴っている。


「だって、タカトくんが暇そうだったから、つい……」

「ついじゃありません! フジコさん! あなたは看護師として日が浅いですが、そんなことでどうしますか!」


 遅ればせながら駆けつけた様々な人々が、病室のドアから代わる代わる覗き込んでいる。

 一体何があったのだろうかと野次馬たちが不思議がって、互いの顔を見つめ合う。

 そこに、婦長のこの剣幕である。

 野次馬たちは、楽しそうに覗き込み、次に待つ者へと場所を順番に明け渡していた。

 廊下は、興奮と笑い声で満ち溢れていた。


「フジコさん! ネル様の紹介と言えども次はありませんからね!」

 フジコは、ペロッと舌を出す。

「あなたたちも、病室に戻りなさい!」

 婦長は野次馬たちに怒鳴りつけると、肩を震わせながら仕事に戻っていった。

 野次馬たちも、仕方なく、それぞれの病室へと戻っていった。


「驚いた?」

 フジコは、ベッドの上で固まっているタカトに笑いながら聞いた。

 タカトは、シーツを首までかけ、固く握りしめながら何度もうなずく。

 その様子に満足したフジコは、腰に手を当て満足そうであった。


「日ごろ、私のおっぱい見てるでしょう? そのお返しよ」

 タカトは、固まった。

 先ほどまでの恐怖の汗とは違った、別の汗が鼻の頭から噴き出していく。

 そして、懸命に首を振った。そう、ちぎれんばかりに首を振った。


「そう……なんだ違うのね。残念……今日は、勝負ブラだったんだけどなぁ……」


 ――何ですと!

 タカトの視線は、フジコのナース服のふくらみにくぎ付けになった。

 そのナース服を透視でもするかのように必死に目を凝らす。

 ナース服から、気のせいか黒いレースが浮かび上がってくるようだ。

 その瞬間、フンと言う荒い鼻息と共にタカトの鼻の穴が広がった。

 そして、なぜだかベッドのシーツの上に、小さな小さなテントが出来上がっていた。


「これは、何かな?」

 ベッドの上に覆いかぶさるように髪をかき上げるフジコの頭が降りてきた。

 タカトの眼前にひろがるフジコの白い背中にはっきりと黒いブラの線が確認できた。

 タカトの鼻息はますます荒くなっていく。


「病気かな? どれどれ……」

 フジコが小さなテントに手をかけた。


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