第186話 ミッション・ビンボッシッブル(2)

 タカトは、袋をガバッと広げると、中に手を突っ込んだ。

 ビン子もまた、自分の袋に手を突っ込んでいる。


「何が出るかな? 何が出るかな?」

「タララらッタン・タラララ!」


 タカトの手には、ケチャップが大量に付いたオムライスの卵焼きが握られていた。

 ビン子の手には、野菜の千切りが絡まった唐揚げが握られていた。


「あぁーーー。俺、そっちの唐揚げの方がいいなぁ」

「残念でした。これは私のでーす」


 ビン子はから揚げにかじりつく。

 仕方なく、タカトは卵焼きを口に入れた。


 次々に袋に手を入れて、中の食料に食らいつく二人。

 その手と顔には、赤い飯粒が大量についていた。


「今日も、腹いっぱい食ったな」

「タカトに出されるご飯だけじゃ足りないものね」

「だろう、でも、こんなに残しやがって」

「こんなにおいしいのに、どうしてなんだろうね……もったいないね」

「だいたい、神民たちは贅沢なんだよ」

「スラムには、ご飯を食べれずに死んでいく子もいるのにね……」

「あいつらにとっては、所詮、スラムの事なんて、人ごとなんだよ」

「悲しいよね……」

「まぁ、俺たちにとっては、その方がいいけどな。だって、その分、食えるからありがたいし」

「そうだけど……なんだかね……」


 悲しそうな表情のビン子は袋を横に置くとスッと立ち上がった。


「おっ! ションベンか? 俺のもついでにしてきて! よろピコ!」

「何言ってんのよ! 手と顔を洗いに行くだけよ! 大体、そんなの代わりにできないでしょ!」


 プイと横を向いたビン子は、ドアを開け廊下へと出ていった。

 タカトは、小指の外側についた糊状のでんぷん質までも丁寧になめあげる。

 その様子はまるで猫が毛づくろいをしているかのようであった。


 コツコツコツ

 タカトの背後から、足音が聞こえてくる。

 ――この足音、ビン子ではないな!

 なぜなら、こんなに早く帰ってくるはずがない。

 あれだけ食ったのだから、絶対に大きい方だ!

(絶対に! 絶対に違います! ※ビン子怒りの心の言葉)


 咄嗟にタカトは、手に持つ袋をベッドの下に投げ込むと、自分の体をベッドの中へと潜り込ませた。そして、急いでシーツを頭までさっとかける。

 この足音は、きっとフジコさんだ。

 近づいたところで、いきなり顔を出して脅かしてやろうっと。

 もしかしたら、イヤァ、タカト君たらぁってな展開もあるかも。

 シーツの中のタカトの顔はにやけていた。


 病室のドアが静かに開いた。

 シーツの中に隠れるタカトの耳に、近づいてくる足音が聞こえる。

 足音はタカトのベッドの横で止まった。

 今だ!

 ぱっと、シーツから顔を出すタカト。


 がぁぁ!

 緑の目をした人の顔ほどのハエのような顔がタカトを覗いていた。


 ぴgyぁぁぁぁ!

 タカトは悲鳴とも驚きとも分からぬ言葉にならない大声をあげた。

 その声は、開いた扉から、病院中に響き渡った。

 廊下から多くの足音が駆けつけてくる。


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