第343話 ミーアの心変わり(2)
胸と顔の傷の再生出術を受けたエメラルダが眠る部屋のドアを開ける。
そこには、窓から差し込む月明かりが、薄いレースのカーテンをゆっくりと優しく揺らしていた。
その光の先には、粗末なベッド。
その上にエメラルダの顔が、包帯を巻かれて眠っていた。
ベッドへと近づくミーア。
そのベッドの傍らには、タカトが座り、エメラルダの手を優しく握っていた。
「治るのか?」
「あぁ……」
エメラルダから目を離さず、優しく手を握っているタカトは小さくうなずいた。
「よかった……」
ミーアから自然と言葉が漏れた。
しかし、ミーア自身、その自分の言葉に驚いた。
その言葉は、自らが背負った使命を果たせたという安堵感から発せられたものではなかった。
エメラルダが元の体に戻れることが、真に、うれしかったのである。
そんな意味の分からぬ感情にミーア自身が一番驚いていた。
――どうして私は、今、嬉しいと思ったんだ? だって、目の前のエメラルダは人間、すなわち敵だぞ。
いわずもがなミーアは神民魔人である。すなわち、魔の国の住人。
エメラルダ救出をミーキアンから命令されただけであって、命令がなければ、そんな人間の命、どうなろうと知ったことではないのだ。
そして、その人間の胸や顔に傷が残ろうが、実際にエメラルダは生きている。そう、既に、ミーキアンの命令は遂行済みなのだ。
いまさら、顔の傷が治ったところで。
いまさら、胸の傷が治ったところで、神民魔人であるミーアには関係ない話。
目の前の人間など、食料以上の価値などない。
ミーアは、今まで、そんな人間のことを心配するなどと考えたことが無かった。
しかし、どうだろう。
今は、本当にエメラルダが助かったことが嬉しいのである。
ミーアは、月あかりに照らし出されたエメラルダを見つめるタカトの優しい笑顔を見つめた。
その笑顔にミーアは一瞬、心を奪われた。
――あぁ……そうか、コイツにとって、人も魔人も同じ命なのか……
つぶやいたミーアの目に浮かんだ涙が、窓から差し込む月あかりに煌めいた。
タカトの背後に立つミーアの目は、既にエメラルダではなく、タカトの横顔を静かに眺め続けていた。
小門の洞窟の中は商人たちの噂でざわついていた。
しかし、なぜか、タカトとエメラルダの周りだけは妙に静まり返っていた。
まるで、そこだけが、別の空間のように、重い空気が包み込んでいた。
呟くようなタカトの声が、ざわめきの中でも、ひときわ、よく聞こえた。
タカトの言葉を聞いたエメラルダは、そっと口を開いた。
「分かってる……でも、今は、方法がないわ……」
エメラルダも、適切な回答を出せないのがもどかしかった。
そう、ミーアはミーキアンの神民魔人だ。すなわち、神民と言う身分である。
今いる聖人世界と魔人世界は、門によってつながっている。
門には大門、騎士の門、中門、小門の四つがある。
神民が通れる門は、大門、騎士の門、中門の3つのみであり、エメラルダ達がいるこの小門には入ることができないのである。
すなわち、ミーアが聖人世界から魔人世界に変えるためには、大門、騎士の門、中門のいずれかの門を通って帰る必要があるのだ。
しかし、大門は、8つのキーストーンが集まらないと開かない。というか、今まで開いた事すらないのである。
騎士の門は、それぞれの騎士が守護する門である。通ってきた第六の騎士の門は、ガメルの侵攻により、警護が厳しくなり、たどり着く事すら困難な状態である。
中門に至っては、その存在すら、どこにあるのか分からない始末。
ミーアが通って帰れる門など、ありはしないのである。
しかし、このまま融合国内で身を隠していても、いずれ、誰かに見つかるだろう。
そして、見つかった後は、セオリー通り、守備兵や騎士たちに囲まれて、なぶり殺しにあうのが目に見えている。
一刻も早く、魔人国、いや、ミーキアンのもとへと帰してあげたい。
タカトとエメラルダの気持は、一致していた。
しかし、その方法が全く分からないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます