第175話 恋のかく乱(2)
タカトとビン子は、森の中を頑張って走った。
――あのオオボラのアホ! まだ、頑張ってんのかな?
タカトは、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
すでに、スラムの人々やエメラルダが逃げているとはつゆ知らず、懸命に街道から万命寺の門を攻略しているはずのオオボラを思い浮かべていた。
――まぁ、ご苦労なこって
ニヒヒと笑うタカトの顔面を、木の枝が打ちつけた。
まるで、笑ってないでしっかりやれ!と叱りつけるかのように。
まぁ、タカトが、物思いにフケりながら走って、前を見ていないのが原因ではあるが、やはり少々浮かれ過ぎである。
ただ、そうは言ってもオオボラに見つからないようにするためとはいえ、森の中は走りづらい。
息が切れるタカトの鼻を焦げ臭い匂いがかすめた。
――何の匂いだ?
足を止め辺りを伺うも、うっそうと茂る森に視界を遮られた。
唯一広がる空を見上げたタカトの目は、森の切れ間から黒い煙が立ち上るのを見つけた。
「こりゃまた、盛大なたき火だな」
「バカ言ってんじゃないわよ!あの方向は万命寺の方向よ!」
「あの寺古いから、よく燃えるだろうな……芋で焼いたら美味いかな」
「ちょっと何言っているのか分からないんですけど……」
そう言いかけたビン子は、タカトが目頭を押さえ、震えていることに気がついた。
なんだかんだ言っても、寺が燃えていることにショックを受けたのだろう。
少し言い過ぎたと思ったビン子は、優しくタカトの肩に手を置き慰めた。
「きっと……大丈夫よ……」
うち震えるタカトは、そんなビン子の手を、そっと肩から外す。
目頭に手を当てて天を仰ぐタカトはつぶやいた。
「いやぁ、やっと、これであの辛い修行から解放されるのかと思うと……うっっ」
「……」
何を言っているのか一瞬理解が出来なかった。もはや、声が出ないビン子であった。
ガサガサ
目の前の茂みで音がする。
咄嗟に身を隠す二人。
茂みの先には、複数の守備兵たちがうずくまりうめいていた。
さらにその奥から駆けつけた一人の守備兵が命令する。
「けがをした者は医療班に見せ人魔検査を受けろ、検査で陰性のものはすぐさまオオボラさまを追いかけろ。幸い死者は出ていない。今回のハチの魔物は、素早いがさほど攻撃力があるわけではない。恐れる必要はないぞ」
――なんてこんなとこに居るんだよ!
タカトは、寺門の前に居ると思いこんでいたオオボラの部隊が森の中にいることに驚いた。
どうやら、森に駆け込んだオオボラの部隊と遭遇してしまったようである。
万命寺の門前から守備兵達は、エメラルダを追って森に突入した。
しかし、森に分け入った途端、上空からハチの魔物ハチビィの攻撃を受けた。
なんでこんなところに魔物が?
しかも、大量にいるではないか!
視界の悪い森の中、それも予想外の魔物の出現に守備兵たちは混乱する。
たかだか数匹のハチビィの攻撃に、守備兵達は、いとも簡単に倒れていく。
倒れゆく守備兵に目もくれずオオボラは、エメラルダの影を追った。
――今、取逃せば、俺に未来は無い!
オオボラのその気迫に急かされるかのように、守備兵達も、懸命に続く。
森に深く分け入った守備兵たちは、木の上で揺らめくローブの影をにらみ動けなくなっていた。
それもそのはず、彼らの頭上の枝から、黄金弓が守備兵たちを狙っていたのである。
そう、数千、数万の魔物の群れをその一撃でほふる黄金弓が、いま自分たちに向けられているのである。
黄金弓に恐れをなし、守備兵達は徐々に後ずさる。
その矢が仮に放たれたとしたら、自分たちの体は、幾本もの光の矢に貫かれることになるだろう。
その恐怖はいかほどものであろうか。
じわりと汗が滴り落ちる。
険しい森に行く手を遮られ馬から降りたオオボラは、恐怖に包まれた守備兵達の元に駆けつけると、咄嗟に檄をとばした。
「今のエメラルダは、罪人だ! 黄金弓は使えん!」
はっとする守備兵たち。
確かに、あの黄金弓を開血解放するには、尋常ではない血液が必要である。騎士でないエメラルダが使えば、最悪、即死! 運が良くても気を失うことは間違いないであろう。まして、黄金弓の中に格納されている2.5世代の魔装装甲は、魔血タンクが手に入らない現状では、装着することもままなるまい。
エメラルダ、恐るるに足らず。
怯えが消え去った守備兵たちは、先ほどとは異なりジリジリと金色の髪との距離を縮めだした。
ローブの女がいる木は、オオボラたち守備兵に取り囲まれていた。
ローブの影は、鼻でわらう。
――ようやくか。さて、最後に一花咲かせるか。
黄金弓を下げるとローブのフードに手をかけた。
「ちょっと! 待ったぁ!」
オオボラと守備兵たちの後ろを何かが全速力で走りぬけていく。
突然のことに後ろを振り返るオオボラと守備兵。しかし、その何かは薮の中を走っているため、その姿がよく見えない。
新手の魔物か?
とっさに守備兵たちは、身構える。
――タカト!? 何で?
ローブの中でミーアは呟いた。
木の上にいるミーアからは、タカトが涙をたらし鼻水を散らしながら必死にミーアのいる木とは逆方向に走っていくのが丸見えであった。
走り抜けるタカトは、何かを叫びながら薮の中を走り続けている。
何を言っているのか、離れているミーアには全く分からない。
もうそれは、後先考えずに走り出したはいいけれど、この先、俺、どうなるの?という困惑の悲鳴だったのかもしれない。
約束守れよ!
しかし、ミーアには、そう言っているようにも聞こえた。多分、違うと思うけど……
ミーアは、微笑む。
――あのバカが……
ただ、タカトのその大きな叫び声は、ミーアを囲み緊張する守備兵達の気を引きつけるには十分であった。
ここぞとばかりに、ミーアは地上にサッと飛び降りると、気がそれた守備兵の間をかいくぐり、森の奥へと駆け込んだ。
フード目深にかぶり、風のように走り去る。
そのフードの裾から、きらびやかな光を散らす水滴が風に乗って散ってゆく。
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