第134話 慰霊祭(3)
これから慰霊祭が始まろうとする町の中心は人々が集まり騒々しかった。
しかし、その中心と覇真反対の暗い闇の中は、ただひっそりと静まりかえっていた。
そんな暗い空間の中を、小さな明かりがゆっくりと揺れながら浮かび上がっていく。
その光は、タカトたちの荷馬車にぶら下げれたランプの明かり。
タカトたちは今、第六の門から少々離れた小高い丘をのぼって、、頂上を目指している最中だったのだ。
だが町中の人たちから見る丘は遠く、もう暗くて何も見えなかった。
そんな暗い空間を蛍の光のような小さな明かりが揺れているのがかろうじて見えるだけだったのだ。
丘の頂上に続く道はむき出しの土でデコボコだった。
そんな暗いあぜ道を照らし出すランプは、荷馬車が進むたびに大きく揺れ動いていた。
ランプの光が揺れるたびに、道の脇にむき出しになった大きな石の影が伸び縮みする。
それはまるで、闇の中に何か異質な生き物たちがひっそりとうごめいているようでもあった。
うごめくものは、タカトたちにつかず離れず、常にを取り囲む。
隙さえあればタカトたちをすぐさま襲うかと伺っているようにも思えた。
しかし、なぜタカトは、こんなうす気味の悪いところをのぼっているのであろうか。
というのも、権蔵に教えられた花火の見物スポットへビン子を連れて行こうとしていたのである。
ドーン
頂上に着いたタカトたちの目の前で光の輪が広がった。
夜空に飛び散る無数の火花が輝く尾を引きながら散っていく。
そして、しばらくして丘へと届く音が空気を震わした。
離れた丘の上から見る花火は、神民街を隔てる大きな城壁に邪魔されることもなくその輪郭をすべて見ることができた。
だが、ここから見る花火は少々小さい。
いや小さすぎた。
だがしかし、目の前に映る光景は、神民街の街並みが作り出す光の海に打ち立てられた光の柱のように幻想的にも思えた。
そんな光景を荷馬車に座る二人は肩を並べて眺めていた。
やさしい夜風の中に、時折聞こえる虫の音が心地よさを誘った。
だが、それよりも先ほどからタカトの鼻先をほのかにかすめるビン子の香りのほうが心地よかった。
そんな香りが急に強まった。
ビン子がタカトにそっともたれかかったのである。
近づくビン子の黒髪。
ビクッとするタカトの頬には、まるでビン子の体温が伝わってくるかのようであった。
だが、タカトは動かない。
ビン子を肩に手を回すわけでもなく、ただただじーっと小さく背を丸めながら、相も変わらず無言で花火を見ているだけなのだ。
そして、ビン子も口を開かない。
こちらも、ただただ黙ってタカトに寄りかかっているだけなのである。
まるでそんな二人を見ている周りの方が緊張でもするかのように、あたりはシーンと静まり返っていた。
そんな無音の空間に二人の鼓動の音だけが響いていくるような気がした。
ビン子はつぶやいた。
「次、上がらないね……」
「あぁ……」
そっけないタカトの言葉。
ドーン
「ねぇ……なに怒ってるの……」
「別に……」
「言ってくれないと分からないよ……」
「……」
「このままじゃ、寂しいよ……」
「……」
「……」
暗闇の中でビン子のすすり泣く声がかすかに聞こえた。
それに応じたのか、タカトは荷馬車につけられたランプを取ると自分の手元へと近づけた。
光に照らし出されたカバンの中をゴソゴソとあさりだすと、中から一枚の紙きれを取り出してた。
その紙きれは、きれいな花柄の模様で装飾されたチケットのような券であった。
「うんっ!」
何も言わずに、その券をビン子へと突き出す。
「かわいい……」
それを受け取るビン子。
ランプの明かりに赤く照らし出された手作りの券を見ながらビン子は、手で涙をぬぐった。
そんな一粒の涙がぽとりと券の上に落ちると、花の模様の上にうっすらとしたシミを広げていった。
でも、なんかこの花の模様……どこかで見たような気が……
というか、涙のシミ以外にも何か別のシミもあるようなのですが……
きっと気のせいなのでしょう……
その券の真ん中には、大きくタカトの汚い字が書かれていた。
『何でも一つ願いをかなえる券(お金がかかるものは却下です!)』
「今日、俺たちが出会って10年目の日だろう」
まるで照れを隠すかのように夜空を見上げるタカトがつぶやいた。
「うん」
ビン子はほほ笑みながら、券を見つ続けていた。
――でも……実は11年目なんだけどね……もっと言うならば、出会った日はもう少し先なんですけど……
でも、今はそんな些細なことはどうでもいい。
自分の事を思ってタカトがこの券を手作りしてくれたのだ。
そのことがうれしい。
そんな些細なことがうれしいのだ。
いまやビン子の目からは、先ほどまでの悲しみにくれていた涙とは別の、歓喜の涙であふれていたのである。
「……ありがとう」
両手でぐっと目を押さえるビン子。
「で、何がいい?」
相変わらず照れているタカトは、いまだビン子に目を合わそうともせず、その実行すべき内容を尋ねていた。
ビン子が意地悪そうな笑みを浮かべる。
だが、いまだ潤み続けていた瞳からは、笑顔によって盛り上がった頬によって涙が押し出されこぼれ落ちていた。
「うーん、じゃぁ、キスして!」
⁉
その言葉を聞いたタカトは固まった。
――キス? キスと言えば接吻のことですか?
童貞のタカト君。当然、今までの人生でキスなどと言った行為は全くしたことがなかった。
イスや
だが、キスはない。「キ」だけはやったことがなかったのである。
――キスって、どうやってやるんだよぉぉぉぉ!
さっきからタカトの黒目あっちこっちにせわしなく泳ぎまくっていた。
催促するかのように顔をタカトに向けて、目を閉じるビン子。
それを見たタカトはついに意を決した。
顔を真っ赤にしたタカトは口を突き出す。
もうその様子は、明らかにタコそのものwww
そんなタコの口がビン子の唇に近づいていく。
あと、唇の感触まで、10cm!
あと、5cm……
2cm……
……8cm
なんで、戻っとるねん! この根性なし!
仕方ない……
仕方ないのだ……
童貞のタカトにとって最後の数センチは、とても勇気がいることなのだ。
あと少し……いやいやいや……
これはチャンス!……しかし、いいのか? 相手はビン子だぞ……
いやちょっと触れるだけだって……
いやいや、ここは男らしく、ぶちゅーっとベロまで!
そんなタコの口が伸びたり縮んだりしていた。
じれるビン子。
待っていても、いつまでたってもキスが来ないのだ。
――何してるのよ……
そんな、ビン子が目を開けた。
そこには、目を血ばらせたタコのような異様な生き物が!
興奮気味に鼻息を荒くして、口を伸ばしたり縮めたりしているではないか!
もしかして、暗闇の中に潜んでいた魔物?
いや、どうひいき目に見ても変態である。それも、超ド級の変態。
緊張で醜くゆがんだタカトの顔面が、置かれたランプの光の中に浮かび上がっていたのであった。
「ぎゃぁーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ビシっ!
反射的に手が出てしまった。
というか、女の防衛本能が発動してしまったのだ。
瞬間、ビン子のハリセンがタカトの頬を捕えていた。
ほぎゃぁっ!
そのハリセンの衝撃で赤きタコの顔がさら歪んでへっこんだ。
だが、そもそも赤らめた顔に、しばかれた赤き跡がついたところで、今一よく分からない。
だが、タカトにとってこれは救いだった。
「何するんだよ!!」
大げさに騒ぎ、懸命に照れをごまかしていた。
「ごめん、ごめん……」
そう、笑うビン子はタカトの顔に手を添える。
そして、優しくおでこにキスをした。
ドーーーン
夜空に上がった大きい花火が、暗い丘の地面に重なり合う二人の影を映し出す。
虫たちもそんな二人に気を使ったのか音をひそめていた。
無音の空間。
いつしか、あれほどまであたふたしていたタカトは静かになっていた。
というのも、さきほどから額に触れる唇を通してビン子の体温が伝わってくるのだ。
心地いい……
いったいどれだけの時間が経ったのだろうか
いや、このまま止まってくれてもいい。
そんなビン子の唇がゆっくりと離れていく。
少々残念そうなタカトはビン子にしどろもどろになりながら尋ねた。
「あのですね……キっ……キッ……キスと言えば……く・く・唇ではないでしょうか……?」
それを聞いたビン子の顔は照れるかのように真っ赤に染まっていた。
「……また今度ね……」
まぁきっとそれはランプの明かりのせいなんでしょう。
荷馬車の上でスッと立ち上がったビン子は、これでおしまいと言わんばかりに大きく伸びをした。
そして、ランプの光の中でしゅんとしおれているタカトを見下ろした。
「さぁ、帰ろ。じいちゃん待ってるしね」
「……うん」
ドーン
パラパラパラ
未だに、神民街の上では花火が上がっていた。
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