第135話 慰霊祭(4)

 式典から抜け出してきたアルテラは一人、ピンクのケーキ屋さん「ムッシュウ・ムラムラ」で好物のケーキを食べていたのである。


 もうすでに街の通りは、日が沈み真っ暗になっていた。

 店々の軒先につられているランプが、ほのかを光りを連ならせていた。


 そんな静かな店先のテラスに座るアルテラ。

 先ほどからケーキにフォークを刺したままうつむき動かない。

 それどころかよく見ると、その手に持つフォークは小刻みに揺れているではないか。


 よほど嫌なことでもあったのであろうか。

 大好物のケーキであるのにも関わらず、いまだ一口も食べられいなかった。


 ドーン

 パラパラパラ

 神民街の夜空に花火が上がる。


 しかし、顔をあげないアルテラ。

 そんなアルテラの目から涙が一つ頬をつたってケーキの上へとこぼれ落ちた。


 そう、この少し前の事である。

 神民街の広場では、第六の駐屯地で亡くなった者たちの慰霊祭が、厳かに行われていたのだった。


 駐屯地の者たちは、キーストーンを守るために皆が奮戦した。

 そして、己の使命を全うし、ついに華々しく散っていったのである。

 彼らこそ融合国の勇敢な戦士たちであり、英雄たちである。


 慰霊祭が行われているステージにひときわ大きな慰霊碑が建てられていた。

 そんな慰霊碑に花を手向けるアルテラ。

 そう、ケーキ屋に来る前のアルテラは、第六の騎士として慰霊祭に参加し無念にもなくなった英霊たちを慰めていたのである。


 だが、アルテラの背に、国民たちの冷たい視線が突き刺さる。

 何一つ音がしない会場。

 アルテラが手向ける花のこすれる音が、やけにはっきりと聞こえる。


 そんな静まり返った会場で突然、一人の少年の声が上がった。


「人殺し!」


 少年は会場の最前列に駆けだしてくると、精一杯の大声を上げた。

 続く会場からのどよめき。


 少年は、かすれる鳴き声を振り絞る。

「俺の父ちゃんを返せ! 返してくれよ!」


 咄嗟にその少年へと振り返るアルテラ。

 その少年の必死な形相にアルテラは驚いた。


 だが……

 何もできないアルテラ。

 何も答えられないアルテラ。

 ただ、ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかったのである。


 少年の叫び声に呼応するかのように、会場から一斉に怒声が響き渡る!

 帰れ!

 帰れ!

 帰れ!

 暗くなった慰霊祭の会場に人々の憤然ふんぜんの声がこだましていた。


 その声はさらに激しさを増していく。

 ついに、アルテラに向かって石が次々と投げられた。

 ガツン

 そのうちの一つがアルテラの額にあたり赤き一筋の血を垂れさせた。


 「アルテラ様!」

 咄嗟に、脇に控えていた第八の神民兵たちがステージの上へと駆け込んだ。

 アルテラをかばうように取り囲むと、急いで舞台袖へと下がらせていった。


 そんなアルテラと入れ替わるかのように、赤の魔装騎兵が舞台の袖から飛び出してきた。

 少年の眼前で振り上げられる剣。

 そして、有無を言わさず一刀のもとにその少年を切り伏せたのである。


 咄嗟の事に意味が分からない様子の少年は、大きく目を見開いたまま。

 体からおびただしい血を噴き出し倒れこんでいく。


 それを見た会場から悲鳴が上がる。

 先ほどまで、アルテラに対する怒りや恨みだったものが、一瞬のうちに恐怖へと変わっていた。


 それを見るや否や、第八の騎士セレスティーノがステージの上へと躍り出た。

 大語で叫ぶ。


「静まれ! 皆のもの静まれ!」


 だが、会場のどよめきは収まらない。

 それは無理からぬこと。

 目の前で何の罪もない少年が切り殺されたのである。


 だが、セレスティーノには、そんなことは分かっていた。

「これ以上、騒ぎを起こすのであれば、皆、同じように処罰する!」

 観衆を取り囲んでいた第八の神民兵たちが、セレスティーノの合図とともに動く。

「「「開血解放」」」

 次々と開血解放し、その姿を黒き魔装騎兵へと変えていく。

 いつしか観衆たちは無数の魔装騎兵によって取り囲まれていたのであった。


 人々の恐怖はさらに増大した。

 あの少年のように自分たちも殺されるのではないだろうか?

 このままここにいたら殺される。

 逃げなければ……

 だが、逃げれば魔装騎兵に殺される……

 どうしたらいいんだ……

 怖い……

 怖い……

 怖い……


 会場は、もはやパニックになる寸前であった。


 そんな雰囲気をセレスティーノは、力づくで抑え込む。

「この騎士変更は王の意思である! 異を唱えるものは、王への叛意である! 王へ忠誠を示せ! 我が王に!」


 すなわち、アルテラではなく王へ忠誠を示せと言うのだ。


 人々は静かに膝まづく。

 それは波のように、観衆は膝まづいていった。

 会場は、静かな湖面のように平静を取り戻していた。


「よって、アルテラは第六の騎士である!」


 冷静となった人々は、その複雑な思いとは裏腹に、深々と頭を下げた。


「さぁ、式典はここまでだ!」

 そんな雰囲気を察したのか、セレスティーノ声はあからさまに明るくなった。


「この後は、宴を用意しているぞ。皆で亡くなった英雄たちを送ろうではないか!」

 セレスティーノは壇上で大きく手を広げ、観衆に呼びかけた。


 それに応じるかのように観衆から歓声が上がった。


 ――さすがはイケメンアイドルの私!

 ステージの中心で、まさに主役のように注目を浴びるセレスティーノはその歓声に気を良くしていた。

 

「今日はこのイケメンアイドル セレスティーノ以外にもトップアイドルが来ているぞぉぉぉ!」

 会場がその声にどよめいた。


 おいおい! トップアイドルだってよ!

 トップアイドルって言ったら、アイナちゃんだろ!

 今、世間をにぎわしているアイナちゃん以外にトップアイドルなんてありえない!


 会場内のだれしもが、そう思った。


 歌姫アイナの美声を聞いてみたい。

 アイナのはじけるような美貌を見てみたい。

 男どもはそう思って鼻の下を伸ばした。

 女たちもまた、アイナに憧れ、アイドルになりたいと思っている者も少なくない。


 興奮に陥った客席が、今か今かとそのトップアイドルの登場を待ちわびていた。


 満を持して、セレスティーノが呼び声を上げる。

「それではお呼びしよう! おでん組の三人! コンニャ! スージー! 玉五郎! だぁぁぁ!」


 な!・ん!・だ!・と!


 いつの間にかステージの中心で三人の男が山の形のポーズをとっていた。

 その真ん中のひときわ顔の大きな細い吊り目のまゆ無し男が叫び声を上げた。

「俺がコンニャかいや?」

 ――知らねえよ!


 その右側で決めポーズをとるだみ声のむきっ歯男が続く。

「俺はスージーしまっしゅ?」

 ――しねぇよ! 大体、スージーって何かするものなのかよ!


 そして、最後に左側に立つおかっぱ頭のおちょぼ口が不敵に笑う。

「玉五郎やわ~♪ オレ、抱いてッか? オホホホホ」

 ――誰がお前など抱くかァァァァ!


 観客席が一瞬、静寂に包まれた。

 だが、その一刹那、会場に割れんばかりのブーイング沸き起こる!


 帰れ!

 帰れ!

 帰れコールがこだまする!


 よほど男性アイドルユニットおでん組とは人気がないのだろう。

 噴飯ふんぱんの声とともに人々が投げた石がステージの上に雨のように降ってくる。

 それは、先ほどのアルテラの騒動の時よりもひどい状態だ。


 だが、そんなことを気にすることもなくび三人の男たちは再びビシッと決めポーズをとった。

「そう! 我ら三人!」

「黒い三年生!」

「キメれン組! もとい! おでん組!」


「なんでアイナは人気者で、うちのおでん組は不人気なんや!」

 脇に控えていた60歳頃の女が、その様子を見ながら悔しそうにハンカチを噛んでいた。

「れもこれもあの女! 金蔵かねくら座久夜さくやのせいや!」

 この女、名前をペンハーン=ルイデキワ。

 おでん組のプロデューサーにして、第一の門の輸送部隊であるモンガの母である。

「今にみとれあのアマァ!」


 ステージの上のセレスティーノは腕をふり懸命に叫んでいた。

「石を投げないでください!」

 おでん組の三人の背を押し舞台袖へと下がらせていく。

 ――やっぱり私以上のトップアイドルはこの世に存在しないもんな!


 ステージ下で赤の魔装騎兵が鼻で笑っていた。

 ――愚か者が……

 泣きぼくろが目立つ赤色の美しい目は、血を流し倒れていた少年の首根っこを掴み上げると、舞台袖へと引きずりながら消えていった。




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