第330話


 タカトの背後から、何かが前方へと飛び出していった。

 おびえるタカトの横顔に、ティアラの微笑む笑顔が横切っていく。

 今度こそ……約束したからね……

 ティアラの赤き瞳からこぼれ落ちる涙が光の破線を引いていく。

 驚き何もできないタカトの頬を、ティアラのたなびく髪が、優しくなでていった。

 !?

 タカトは、その去りゆく髪を、目で追った。

 ティアラの足先が。力強く踏み切られ、その己のが体をはね上げる。

 後を追って流れるティアラの髪が、急に行き場を失って、左右に大きく広がった。

 そこには、ソフィアに飛びつき抱きつくティアラの姿。

 何を?

 タカトは全く声が出なかった。


「何をするつもりだ、この荒神崩れがぁ!」

 ソフィアの怒鳴り声が響いた。

 ソフィアの肘が、その胸に押し付けられたティアラの頭に、何度も何度も打ち付けられる。

 既に、荒神化が始まるティアラには、神の盾が発動しない。

 そのひじ打ちが打ち付けられるたびに、ティアラの顔が、みるみると赤く染まっていく。おそらく、打ち付けられた頭が裂けたのだろう。

 ティアラの美しき顔が、赤く汚れていく。

 しかし、必死にこらえるティアラは、唇を強く噛みしめる。

 大丈夫……タカトは、約束してくれた。

 過去の約束は、未来の約束。

 今度の約束は、今の約束。

 きっと、タカトなら、守ってくれる!


「私と一緒に行きましょう!」

 ティアラが、そう叫ぶと、その体が急に強く光り輝いた。

「ダメだ!」

 ミズイが叫ぶ!

「お前には、もう、生気が残っていないはず! そんな大きな神の恩恵を使えば、完全に荒神化するぞ!」

 ミズイは、必死に声を上げた。その目は、涙で潤んでいる。

 ティアラのその行為が、どのような結果をもたらすのかミズイには分かっていた。

 荒神化の先に待つのは荒神爆発。

 義妹のアリューシャと同じく、その神としての存在が消え失せる。

 ティアラが求めていた神祓いとは異なる結果。

 一時的、存在は消えるものの、再生できる神祓いとは異なり、荒神爆発すれば、自分の存在や意識も全て消え失せる。

 神の再生など絶対に不可能なのだ。

 そう、神の絶対なる死である。


 ティアラは、ミズイを見ながら微笑んだ。

 何かしゃべっているようであるが、よく聞こえない。

 大丈夫……きっと、大丈夫……だって、タカトが約束して、くらたから……

 額から、流れ落ちる赤き血で、口元がよく見えない。

 しかし、ミズイには、そう言っているように思えた。


 ティアラがいっそう明るく、金色に光り輝いた。

 最後の力を使い、神の恩恵を発動させたのだ。

 その光が、ティアラとソフィアを包み込んでいく。

 そして、次の瞬間、二人の姿が消え去った。

 電灯の光が消えるかのように、パッとその映像が消えたのだ。

 そう、真音子とイサクが消えた時のように、瞬時に消えたのであった。


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