第303話

「いや、だから製造方法って言われても、教えられないんだって!」

「そうか、どうしても教えないというのか……ならば、その脳みそを食らって、直接聞くか」

 ソフィアが大きく口を開けた。人の口とは思えないほど大きく開く。

 まさに、魔人である。

 魔人は、生気が宿る人の脳を好んで食べるのであるが、生気を吸収する以外にも魔人にとって喜ばしいことがあるのだ。それが、その食われる人間の記憶を見ることができるのである。そう、まさに、ソフィアは、タカトの脳を食らい、タマホイホイの製造方法を読み取ろうというわけである。

「まってマリアナ!」

 タカトの前にミズイが立ちふさがり、両手を大きく広げた。

 そして、タカトの腕にまとわりつくタマを引っぺがすと、ソフィアへと突き出した。

「見て! マリアナ! あなたの妹のアリューシャよ! わからない?」

 必死に涙がこぼれた瞳で微笑みかけるミズイであったが、その手は小刻みに震えていた。

 もし、アリューシャの事も忘れていたらどうしよう……まさに、そんな気持ちが透けて見える。

 ソフィアはミズイの両の手にのる青いスライムを蔑む瞳でちらりと見た。

 その気配を感じたのかタマがプルルんと震えた。

「なんだ、このスライムは」

 ソフィアが怪訝そうにつぶやいた。その言い方からして、全く見覚えが無いようである。

「あなたの妹のアリューシャよ。こんな姿になっているけど、まだ、生きてるの!」

 ミズイは必死で叫んだ。ソフィアの失われた記憶を必死に呼び戻そうと、懸命に訴えた。

「もう、あなただけ苦しまなくていいの! だから、帰ってきてマリアナ!」

「邪魔だ!」

 うっとうしそうなソフィアが、タマを払いのけた。

 吹き飛ばされたタマが、勢いよく壁にぶつかり、ブチュッとつぶれた。

 その壁には打ち付けられた泥水の様にタマの体が広がった。

 ネバーっとしたタマの体液が、壁に沿って垂れ落ちていく。

「何をするの!」

 ミズイがソフィアをにらみ返した。

 しかし、ソフィアの様子がおかしい。

 先ほどまで、高慢な態度で、反り返っていた女の体が、頭を抱えてうずくまっていたのだ。

 紫の髪の間から赤の魔装装甲で覆われた指が覗き、抗うかのように震えていた。

「た……たす……けて……ミ……ズ……イ……義姉さん……」

 うつむくソフィアからか細い声がこぼれ落ちた。

 その声を聴いたミズイは、我に返る。

「マリアナ!」

 咄嗟に駆け寄ったミズイは、ソフィアの肩を抱きしめた。

 しかし、感動の対面は、一瞬であった。

 次の瞬間には、怒り狂ったソフィアの目が、すり寄るミズイの瞳をにらみつけていた。

「よるな! 下級神が!」

 手で顔を押さえたソフィアが、残る手でミズイの肩を掴むと、勢いよく押しのけた。

 尻もちをつくミズイは、立ち上がるソフィアの顔を見上げた。

 そこには、苦しみに歪むソフィアの顔。

 そこにはミズイの義妹であるマリアナの面影は消えていた。

 マリアナ……消えてしまったの……

 ミズイの顔が涙で崩壊した。

 だが、もう、泣き声すら出てこない……ただただ、涙がとめどもなく流れ落ちるのみだった。


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