第317話

 ――当たらぬわけではなさそうだ……しかし

 カルロスは、先ほど打ち倒されたネルの様子を伺った。

 ピクリとも動かない。

 長剣で直撃をかわしたものの、はやり、腹部への衝撃は大きかったのだろう。おそらく死んではいないだろうが、既に意識はとんでいる。

 ――ネルは無理か……

「ワシらだけでやるぞ!」

 カルロスとピンクのオッサンは、膝をつき起き上がるソフィアに突っ込んだ。


「このザコどもが!」

 ソフィアの蝶の片羽が波打った。

 美しき紫の長髪が、激しく巻きおこる突風に従い、眼前へと流れていく。

 羽がさらに激しく舞った。

 カルロスとピンクのオッサンたちの顔が歪む。

 脂肪を蓄えた頬が、突風でプルプルと震えていた。

 腕を掲げ、体を支えるだけでやっとの様子。


 うぉぉぉぉ!

 ソフィアが雄たけびをあげた。

 カルロス達の踏ん張る足が、浮き上がる。

 その瞬間、二人のオッサンが、吹き飛んだ。

 その後ろの暗き部屋の壁に、瞬時に大きなすり鉢状のくぼみが二つ出来上がったかともうと、蜘蛛の巣のごとき亀裂が縦横無尽に走っていた。

 白目をむくカルロスとピンクのオッサン。

 二人の体が、壁に従い、力なく垂れ落ちて、ついに床に尻をついた。

 ちーん!

 二人とも戦闘不能のご様子だ。


「残るは、お前たちだけだ!」

 ソフィアが、タカトたちの方へと体を向けた。

 この部屋で、意識があるのは、タカト、ビン子、ミズイ、コウスケのみである。

 ミズイは、タカトたちを見る。

 ダメだ……私が、何とかしないと……また、あの時と同じことに。

 ミズイは、ソフィアをにらんだ。

 いや、ソフィアと言うより、ソフィアの左の赤き目をにらみつけた。

 ――マリアナ!

 ミズイの拳が、悔しそうに固く握られる。

 今目の前にいる女は、魔人ソフィアの意識を持っている。

 だが、その半身は、ミズイの義理の妹マリアナのもの。

 ならば、その意識だって残っているはずなのだ。

 だが、あの赤き目は荒神の象徴。

 神であるマリアナと言えども、荒神では意思の疎通は不可能か。

 ――わが命と共に、この女を消し切るか……

 ミズイは悩む。

 マリアナとアリューシャと共に、3人で仲良く暮らした日々。

 人に見つからぬように、森の中でひっそりと生きてきた。

 森の生き物たちの生気を少しづつ分けてもらい、満足とは言えないなりにも、細々と生きてきた。

 それで、よかったのだ。

 三人で笑いあい、時には喧嘩しては仲直り。

 手をつないで助け合って生きてきた。


 ――だけど……

 あの時、ミズイが目を離したすきに、一番下のアリューシャの姿が消えた。

 そして、そのアリューシャを助けにマリアナも姿を消していた。


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