第80話 タカトとオオボラ(3)

 ビン子は持参した干し肉が入った袋をガンエンに手渡した。

 ガンエンは袋を受け取ると脇に挟み、てを合わせる。

「おー、さっそく持ってきてくれたのか。ありがたい、ナムナム」

 目をつぶり、何やら唱えているがよくわからない。


 タカトは、その様子を確認すると門の方へゆっくりと足を忍ばせた。

 ガンエンが目をつぶっているうちに、さっさとこの場から離れようという魂胆のようである。

 しかし、まぁ、万命寺まで、ちゃんと権蔵の使いに来ているのだからえらいものだ。

 最初から、ビン子に任せて、お使いをすっぽかすという方法もあったはずなのだ。

 だが、おそらくビン子のことである。

 帰ったら、きっと権蔵にチクるに違いない。

 そうなれば、また、「ドアホっ!」と怒鳴られるのは目に見えている。

 怒鳴られるのはいいのだが、飯抜きは困る。


 抜き足……差し足……忍び足……ブっ!

 タカトのお尻から茶色い音がした。

 そういえば、今日の朝ごはんも芋だったな……


 ガンエンの片目がぱっと見開くと、逃げ行くタカトをにらみつけた。

 その鋭い眼光はまるで蛇!


 ガンエンの視線に絡み取られたタカトは、カエルのように身動きがとれない。

 ただただ、タカトは、小刻みに震えるだけだった。

 ――見つかってもうた……


 案の定、ガンエンはタカトを呼び止めた。

「これをただでもらうわけには、いかんのぉ……タカトや」

 その目は、何か嬉しそう。

 タカトに万命拳の修行をつけたくてうずうずしているようである。 


 一方、タカトは、万命拳の修行をやりたくないご様子。

 というのも、はじめは万命拳の修行を、タダでできることに喜んではいたのだが、いざ、やってみると、めちゃめちゃ痛い。

 こんなこと続けていたら、身が持たんわ!

 ということで、もうやめた! と言いたいのだが、さすがにガンエンが怖くて、口が裂けても言えるわけがなかった。

 そこで、とっさに思い付いたのがトンズラである。

 その場にいない奴には、修行など付けられない。至極当然のことである。


 タカトは、顔中から噴き出す変な汗を必死に手で振り払う。

「いえいえ、ただで差し上げますよ。見返りなんか求めたら、神様の罰が当たりますから」

 そう言い終わると、上半身を微動だにせず、静かに足だけをカニのよう横に進めた。

 タカトの体が、まるでゆっくりとしたベルトコンベアーに流されるかのようにスライドしていく。


「神様がなんぼのもんじゃ!」

 神のことなど全く気にしないガンエンは、ずかずかとタカトに近づく。

 お前、この寺の住職だろうが……

「約束は、約束じゃ!」

 ガンエンは、タカトの襟首をつかみ上げると、容赦なく引きずっていく。

 もがくタカトの体は、足を引きずりながら後方にひかれていった。

 一縷の望みをかけ、助けてくれとビン子に手を伸ばすものの。

「びやぁぁぁぁぁっぁ……」

 しかし、もう、それは声になっていなかった。


「がんばってね……」

 ビン子は、なき叫ぶタカトを心配そうに見送るだけだった。


 あきらめたタカトは、もう、やけくそだった。

 やってやるよ!

 この天才タカト様! 万命拳もすぐに極めてくれるわ!

 そして、ジジイをボッコボコのボコにしてやる!

 あとで! ほえづらかくなよ! ジジイ!


 タカトは、練習着に着替えると広場に偉そうに駆け出した。

 広場ではすでにオオボラが練習を始めている。

 そこに着替えをすませたガンエンもまた現れた。

 その練習着から見せる腕は、爺さんのものとは思えないほどたくましく引き絞られているではないか。

 ――このジジイをボコにするのは、また今度にしておいてやろう……

 タカトは、ガンエンにお辞儀した。

「よろしくお願いします! テヘ!」


「タカトや、オオボラと試合をしてみい」


「何言ってんの。俺、初心者だよ。こいつ、めちゃめちゃ経験者じゃん!」


 オオボラはあきれた声で、タカトを見つめ、手招きをする。

「手加減してやるよ」

 

 ガンエンも腰に手を当て、とりあえずやってみろよと言う冷めた目でタカトを見つめていた。

「この前教えた『至恭至順しきょうしじゅん』の技を使ってみい」


「痛いのは! いやだーーーー」

 嫌がるタカトの後ろの首根っこを掴み、オオボラが広場の中央へと引きずっていった。


 さらにあきらめたタカトは、広場の中心で、オオボラと向かい、互いに礼をして構えた。


 ガンエンは笑いながら、タカトに言う。

「『至恭至順』じゃぞ、流れに逆らわず、気の流れに乗るんじゃ。いいな!」


 オオボラの上段蹴りがタカトの頭めがけて繰り出される。

 タカトは、いわれた通り、『至恭至順』で間一髪でかわす。

 そこにすかさず、後ろ回し蹴りを繰り出すオオボラ。

 再び『至恭至順』でかわそうとするが、身体能力が落ちるタカトでは、体回しが追いつかない。

 かわし切れずに、そのけりが腹に入った。


 距離をとるオオボラ。

 その場にうずくまるタカト。


「こ、この嘘つき……手抜くって言ったじゃないか」

「十分抜いてるぜ。これ以上、抜くってどうすりゃいいんだよ」


 両手をあげあきれるオオボラは、ため息をついた。


「隙あり!」


 タカトは、いきなり立ち上がって、オオボラめがけて走り込んだ。そして、右こぶしを振り上げて、勢いよく突き出した。


 ボコォッ!


 オオボラはにやりと笑い、カウンター技『光芒一閃こうぼういっせん』をタカトの顔面に打ち込んだ。


 ボゲヒょぉぉぉぉぉ!

 タカトは鼻血をまき散らし、きりもみをしながら吹っ飛んでいく。


「まぁ、手加減しなかったら、こんな感じだけどな」

 吹き飛んだタカトを見ながらオオボラが笑っていた。


「そこまで!」

 ガンエンが手をあげ試合を止めた。

 そして、タカトのもとに歩み寄る。

 タカトは、白目をむいて気を失っているようだ。


「1回目の『至恭至順』はなかなかよかったぞ」


 白目をむいているタカトの口から、魂が出ていく。それを押し込むガンエン。しかし、蘇生しない……


 仕方なく、ガンエンは叫ぶ。

「おっ! あんなところに巨乳美女が!」

「どこどこどこ?」

 タカトの白めに黒目がぱっと戻り、上半身が跳ね起きる。

 きょろきょろするタカト。

 まさに、痛みも吹っ飛ぶエロ心!

 階段で腰かけて見ているビン子が恥ずかしそうに手で顔をおさえた。


 オオボラがタカトに手を差し伸べた。

 タカトは、ぶつぶつ文句を言いながら、その手をとり立ち上がる。

 そんな二人に、コウエンが手拭いを差し出した。

 顔を拭き終わった二人は、首に手拭いをかけた。


「くそ、オオボラ! 覚えてろよ! 今度は俺がどついちゃる!」

「あぁ、楽しみに待っているよ」

「お前、無理だと思っているだろ!」

「ばれたか。タカト、お前じゃ一生無理だよ」


 笑いあう二人。その二人を楽しそうに見るコウエンとビン子であった。


 修行が終わり、寺からオオボラと一緒に帰るタカトとビン子。

「じいちゃんの話だと、この近くの森の中に小門があるかもしれないんだとよ」

「なぁ、タカト、その小門とやらに行ってみないか」

「なんで? 小門にはなにかあるのか」

「あぁ、小門にはキーストーンていうお宝が眠っているはずなんだ」

「キーストーン?」

「あぁ、キーストーンは門のカギで、その門内に神を閉じ込め支配できるらしい」


 興味なさそうに答えるタカトは、下を向いてついてきているビン子をちらりと見つめた。

「神をね……」


「その在処を売れば、大金貨500枚は固くないぞ」


 大金貨500枚だと! オオボラと山分けしたとしても250枚、仮にビン子を頭数に入れ3人で分ければ一人当たり166枚、そして、ビン子の分もぶんどれば332枚! もしかして、俺、神民学校に行けるんじゃね。

 神民学校に行ければ、魔装騎兵となることが出来る。そうすれば、あの獅子の魔人にだって勝てるはず。何より万命寺で痛い修行をしなくて済むではないか。


「俺、行くよ!」

 タカトは、二つ返事で了解した。もうその目は、すでに目的を達したかのように輝いていた。


「危ないよ。じいちゃん、いつも門には入るなって言ってるでしょう」


 ビン子は不安そうな目でタカトの袖を引っ張った。


「大丈夫! 大丈夫! 小門には神民魔人も魔人騎士も入れないから安全だって」

 タカトは、ビン子の手を払った。

「でも魔物はいるんでしょう」


 心配そうなビン子が、だれか大人たちに密告したら、この冒険計画は終わってしまう。そう感じたオオボラがビン子を安心させるかのようにウィンクをする。

「魔物が出たら、俺が何としてやるよ。俺の強さは分かってるだろ。だから、大人たちには秘密だぞ」

「そうそう、俺もいるしな!」

「タカトが一番心配なんですけど……」


 そんなビン子の忠告をよそに、タカトとオオボラは強く腕を組み笑いあっている。すでに、小門探索の合意は形成されたようであった。


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 用語の説明は、別小説「蘭華蘭菊のおしゃべりコーナー(仮)」に記載しています。


 キーストーンについて → 「第17話 キーストーンについてだよ」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054906427764/episodes/1177354054922377295

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