第544話 落ちる……

 だが、おっさんは女医じょいではない。

 しかもスカートをはいていないのだ。


 なら、真音子はどうだ?

 残念ながらこちらもパジャマのズボン。

 スカートではなかった。


 しかし、タカトの振るった女医にょい棒が、すごい勢いでオッサンめがけて伸びていく。

 いや、これはオッサンと言うより真音子に向かって伸びていた。


 タカトは、不敵な笑みを浮かべる。

 ――解説しよう!


 神民病院で自分の失敗に気付いた俺は、ひそかに女医にょい棒の改良を行っていたのだ。

 問題は女医じょいに特定するからフジコさんのスカートがめくれないのである。


 なら簡単な事、女医じょいでなくても反応すればいいだけじゃないか!


 しかも、スカート以外にも反応するようにしなければいけない。

 なぜなら、『帰ってきた! お脱がせ上手や剣(棒)』でフジコさんの背中のホックを外したとしても、求めるオッパイはいまだシャツの中に隠れている。

 これでは意味がないのだ!

 ということは、どうしてもシャツもめくれるようにしなければいけない!


 だが! だがである!


 誰でもかれでものスカートやシャツに反応してもらっては困ってしまう。

 鬼婆のような婦長のシャツなどめくっても仕方がないのだ!


 あくまでも目的は看護師のフジコさんのシャツとスカート!

 ならば、どうする……

 

 要は、その目的物にマーキングすればいいだけなのだ。


 だが、目立っては警戒される……

 目立たぬものと言えば……例えば、匂いなんかどうだろうか?

 特定の匂いに反応して、それを瞬時にめくるようにする!

 それはまるで、お互いが引かれあう磁石のS極とN極のよう。

 凸と凹!

 男が自然と女の凹を求めるように、女もまた男の凸を求めるように動くのだ。

 まさに完璧な設計思想!


 で、その匂いはどうする?

 遠くからでも反応できるようになるべく強い匂いがいい。

 ニンニクとか?

 いや、これではダメだ! ありきたりすぎる!

 ありきたりのものでは女医にょい棒が、他のモノにも反応してしまいかねない。


 ならばどうすればいい……

 できれば、固有の臭いが好ましい……

 いうなれば、俺だけが持つ匂いがベストだ!

 これなら、俺だけが目的物をマーキングできるのである。


 で、俺だけの匂いって……

 あれか? エへへ……

 いやだなぁ~ そんな訳ないでしょ! だって、あれ、カタクリを溶いたやつだし!


「そう! これは改良版の『女陰じょいん棒』! これで真音子の体をスカートのようにまくり取る!」

 ちょっと……このネーミングは引くわ……

 さすがに……このネーミングはないわ……

 落ちるところまで落ちたって感じだわ……


 カウボーイハットのおっさんは、向かってのびてくる女医にょい棒に気付いた。

 あっ! そうそう!

女陰じょいん棒』は却下ね! 却下!

 これからも、この道具の名前は女医にょい棒で行くからね!


「おっと! アブねぇ!」

 すんでの所で、ひらりとかわすオッサン。

 女医にょい棒が真音子の前髪をかすり伸びていく。


「まだだ!」

 だが、タカトも手に持つ棒の端をぐるりとひねる。

 すると、伸びていた女医にょい棒の先端がその動きに呼応するかのように折れ曲がった。

 そして、スカートをめくるようにクルリと回る。


 その予想外の動きにおっさんは驚いた。

 咄嗟に身をひねり、その棒先をかわそうと身をひるがえす。


 だがやはり、女医にょい棒の先は真音子には届かない。

 届かないながらも、棒の先端はオッサンの担いだ大袋の底をかすった。

 スカートを掴みやすくするために爪状になっている女医にょい棒の先端。

 その爪は大袋の底をザクリと大きく切り裂いていた。


 裂け目からバラバラとヒマモロフの種が流れ落ちていく。

「しまった!」

 突然の事に驚いたおっさんは慌てて袋の穴をふさごうと、もう一つの手を伸ばしてしまった。

 キャァァァァァァ!

 当然、落ちる真音子の体


 真音子の体は、ぐんぐんと階下の地面へと落ちていく。

 そして、更にその速度は増していく。

 ちょうどオッサンの真下にいた座久夜さくやの横顔をかすめるように真音子の体が落ちていく。


 えっ⁉


 それを見た座久夜さくやの時間は止まった。


 意味が分からない……


 なぜ、我が子が落ちてくるのだ……


 座久夜さくやにとって、その一瞬は悠久の時の中にいるような感覚だった。

 ハッキリと見える我が子の顔。

 その真音子の瞳に自分の呆然とした表情が写っているのが分かった。


 手を伸ばせば届きそう。

 いや、絶対に届く。届くはずなのだ!

 だが、座久夜さくやの体は動かない。

 動けと念じても動かない。

 座久夜さくやの頭の理解、いや体の反応が、その事実に追いつかなかったのである。


 真音子が消えた。

 一粒の涙を残して、座久夜さくやの視界から完全に消えた。

 吹きあげる風で止まっていた座久夜さくやの黒髪がふわりと揺れる。

 途端に動き出す座久夜さくやの時間。

「真音子ぉぉぉぉぉぉ!」

 やっとのことで手を伸ばすが、すでにそこには何もない。


 どシーン!

 激しい衝撃音が座久夜さくやの真下から起こった。

「あぁああぁぁぁぁ……」

 力なくその場に座り込む座久夜さくや

 震える手で階段の縁を掴み、真下を覗き込む。

 明け方の薄暗い闇の中、もうもうと立ち昇る砂煙。

 おそらく激しい衝突のために巻き起こったのだろう。

「真音子ぉぉ! 真音子ぉぉ! までこぉぉぉ! えこぉぉぉぉl!」

 既に、もう何を言っているのか分からない。


 オッサンもまた呆然としていた。

 真音子を殺すつもりなどさらさらなかったのだ。

 一般街に降りれば、安全なところを探して、そこに真音子置いていくつもりだった。

 だが、ヒマモロフ種が詰まった大袋に穴が空いてしまったのである。

 この種は我が娘の命をつなぐためには、どうしても必要なもの。

 一粒でも落としたくない……

 そんな思いが、反射的に袋の穴をふさがせたのだ。

 だが、自分のそんな思いのせいで、何の罪もない少女が死んだ。

 呆然と城壁の下を見下ろすおっさん。

 その指の間からヒマモロフの種が、徐々に明るくなる朝日の中、まるで雨のようにキラキラと光りながら地上へと降り続けていた。

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