第218話 誰がための光(7)

 エイの体から何かが伸びる。

 手のような長い触手が何本も伸びてくる。

 この触手、まさか、コウセンの胸を貫いたものなのか。


 ラクダは砂に足を取られスピードが上がらない。

 伸び来る触手を、オオボラの剣がさばいていった。

 しかし、このままでは、いつかは捕まる。

 オオボラは焦った。

 だが、ラクダのスピードはこれ以上は上がるまい。

 ――ならば!


 オオボラは側に座るコウテンの襟首をつかんだ。

「オオボラ!俺っすよ!コウエンの兄のコウテンっすよ!」

「あぁ、そんなことは分かっている」

「ならばどうしてっすか?」

「アルテラ様を守るためだ!」

 オオボラは力いっぱいにエイめがけて振りぬいた。

「コウエンと共に眠れ!」

「まさか! お前! コウエンを!」

 咄嗟のことに意味が分からぬコウテンの目は、空中で丸くなっていた。

 放物線を描き落ちていくコウテン

 その体は、砂の上を転がった。

 一斉にエイの触手がコウテンを襲う。

 断末魔と共にコウテンの体が砂の海へと深く沈んだ。


「ひぃっぃぃ! オオボラさん、さっきそこのヒト投げましたよね。もしかして! 私も投げたりしますぅぅぅ⁉」

 悲鳴を上げるローバン

「ぐだぐだ言うな!アルテラ様を守るためだ!これで少しは時間が稼げる」

 オオボラは、荷台の荷物を次々と放り捨てていく。

 少しでも軽く、少しでも早く

 しかし、こんなはずではなかったのだ。

 第7への救援と言う名目で門を開けた。

 門の中は混乱状態。

 おそらく門周辺にも魔人魔物の類は数匹はいよう。

 そんな魔人どもをなん匹か始末するだけの、簡単なテストのはずであった。

 ――よりによってあんな超大型級。

 あんなものが出てくるとは想定していなかった。

 いやいたとしても、それは本来駐屯地攻略に向けられるはず。

 神民兵たちがキーストーンを持って退却をしたというのか。

 すでに、前方の神民兵たちは騎士の門をくぐっている。

 と言うことは神民兵はキーストーンを持ってはいない。

 キーストーンは門を超えることができないのだから。

 ならばキーストーンは駐屯地内に残ったままか。

 このエイ、その事実に気づいていないのか。

 バカか! いや、バカなんだ。そう、それは致し方のないこと。

 魔物とは、その程度知能、命令されたこと以外できはしない。


 オオボラたちは目の前の騎士の門へとラクダを走らせる。


 騎士の門が大きく口を開けて待っている。

 側に控える守備兵達が大きく手を振って叫んでいる。

 アルテラの危機を察したのか門から魔装騎兵たちが駆け込んでくる。

 ということは、あの魔装騎兵は、第一の者たちか。

 彼らと合流出来れば、アルテラは守られる。

 さらに騎士の門の向こう側、すなわち、融合国内では別の門の魔装騎兵が限界突破の状態で槍を構えている。

 投擲の範囲に入れば、怒涛のごとく槍が飛ぶ。

 さすがに巨大なエイもその動きは止まるだろう。


 あと、少し!


 しかし、ガクンと大きな衝撃と共にソリが浮く。

 触手にソリが捕まった。

 いつの間に伸びてきたのだろうか?

 砂の底からそりの根元に幾本もの触手が絡みついている。

 傾く荷台に手をつき体を支えるオオボラは、地から伸びる触手を忌々しく睨んだ。

 あと少しだというのに!

 一方、ローバンは反返るラクダから吹っ飛んだ。

「きゃぁぁ!」

 砂にめり込むローバンの体。

 引きずり込まれるソリに従い、アルテラの体がずり落ちる。

 咄嗟にオオボラは、アルテラの手を取り引きずりあげる。

 ――魔装騎兵はまだか!

 後方を睨むオオボラ。

 あと数秒!

 大きくなる魔装騎兵の動きが、やけにまどろっこしく感じる。

 しかし、その少しの間すらまに合わぬ。

 オオボラは、最後のあがきでアルテラを頭上に担ぎあげた。

 エイの口へと滑り落ちていくオオボラとアルテラ。


 ――ここまでか!

 足元に開くエイの口を悔しそうに睨み付ける。


 しかし、その時、エイが突然口を閉じた。

 それに伴い、砂の流れがその動きをゆっくりと止める。

 アルテラを掲げるオオボラの動きも止まった。


 何がおこった……

 意味が分からぬオオボラ

 オオボラはエイに食われることなくすり鉢状のふちで、流れ落ちてくる砂によりゆっくりと埋もれていく。


 目の前のエイが、砂を巻上げ地に潜る。

 遠くから魔獣の撤退を命令する遠吠えが響いていた。


 ――助かったのか……


 理由は、わからぬが、今は助かった。

 駆けつけた第一の魔装騎兵たちが砂に埋もれゆくアルテラを引きずり上げた。

 そして、急いで内地へとかけ戻る。


 置いてけぼりのオオボラは、自力でなんとか這い上がる。

 そして、砂の中で目を回すローバンに手を差し出した。


「何とか助かったな!」

「まだ、襲って来るんじゃないんですか⁉」

「まぁ、あとは魔装騎兵どもに任せておけばいいさ」


 ローバンに肩をかし、騎士の門へとゆっくりと歩く。


「しかし、あのアルテラ様のあの攻撃、凄まじいな。アレにも変な名前がついているのか?」

 少し落ち着いたオオボラは大笑いする。


「えぇ、ありますよ。『アルテラの光』だそうです」

「アルテラの光? どうしてアルテラ様の名前が?」

「知りませんよ。ただ、おバカな名前ではなく。なんか……造り人のアルテラ様へ向けられた想いみたいな感じですかね……」


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