第97話 青いスライム(9)
……タ……
――ぅぅ……
……タカト……
――ううん……
タカト! タカト!
ぶちゅぅぅぅっっ!
目を閉じたタカトの口がタコのように何かを求めて伸びた。
ビシっ! ビシっ!
「きゃっ! 変態……」
ハリセンが、ビン子の胸に抱かれるタコの口をうちわであおぐかのように何度もたたいた。
タカトの口がみるみる赤くなっていく。
ビン子の顔もなぜか赤くなっている。
口の痛さにたまらずに目を開けるタカト。
「あれ……? ビン子……」
辺りをきょろきょろと見まわす。
「あらら……ミズイはどこ行った?」
「あんなおばさん知らないわよ!」
ビン子はムッとしながら答えた。
何があったのかも聞きもしないのに、タカトの口から親しげにミズイと言う名が出たことが、きにくわなかったようである。
権蔵がタカトを心配そうにのぞき込む。
「大丈夫か……」
「あ……じいちゃん……」
「無理をするな」
権蔵はタカトに手を差し伸べた。タカトは、権蔵の手を取り、やっとのことで体を起こした。まだ、本調子ではないようである。
「しかし、なにがあったんじゃ……」
権蔵は首が切り離された大量のクロダイショウとオオヒャクテの死骸を見ながらつぶやいた。
ドームの岩肌と言う岩肌に、首が切られた魔物たちが横たわっているのである。
その体から流れ出した魔血が、岩肌に赤い川をつくり、地下水の流れる川へと流れ込んでいた。
そんな無数の死体の中に、タカトが一人ぽつんと倒れていたのである。
誰が見てもその光景は異常としか見えない。
「これはお前の仕業じゃないよな……」
権蔵は確かめるようにタカトに尋ねた。
タカトはしんどそうに壁にもたれるとその壁にひびが入った。
タカトは首を振る。
「いや、俺じゃないよ、ミズイだよ……」
「ミズイって、あのおばさんの神様でしょ!」
ミズイと言う名前が出るだけで、妙にビン子がいら立つ。
女の勘が、何かあったと感づいているのだろうか……
「なんじゃと。神様じゃと……」
驚いた権蔵は、今一度周りを見渡した。
この仕業が神だと言われたら、妙に納得してしまう。
しかし、神が力を使えば荒神になってしまう。
だが、周りにはタカト以外の気配は何も感じなかった。
「しかし、これだけの力を使えば、荒神になってしまうはずじゃがの……」
タカトは、指先で自分の唇を優しく触れながら答えた。
「命の石の生気を持って行ったから、きっと大丈夫だろう……」
その目は、何か言いたそうに、すこし寂しそうに笑っていた。
ビン子はタカトのそのしぐさを見ると、胸が締め付けられるように痛んだ。
なんだか、タカトが自分の知らないタカトになったような気がした。
――嫌っ……
ビン子は心の中で小さく叫んだ。
「人魔症にはかかっていないようじゃが、毒には当てられておる。じゃから、そのまま動くな」
権蔵は、タカトのズボンを破きながら傷口を確認し始めた。
まぁ、あれだけのクロダイショウとオオヒャクテの群れの中に飛び込んだのである。
噛まれてない方が不思議であるが、人魔症にかかっていなかったのは不幸中の幸いであった。
しかし、自分の知能が高いと信じているため、かたくなに人魔症にかかったと思っていたタカトは、その言葉を信じなかった。
「いや。おれ、結構噛まれたから、人魔症になっているはずだよ……」
権蔵は陰性の人魔検査の結果を投げつけた。
「陽性だったら、お前が目覚める前に葬ってやったわ。それが親心じゃよ」
と笑いながら言っている。
おそらく、陽性であれば、とるものも取らず第七の騎士の門に走り、騎士一之祐に治療を泣きながら懇願したに違いない。
その証拠、陰性の結果を見た時の権蔵は、安堵の表情から少し涙をこぼしていたのであった。
「やっぱ俺って、知能低いのかな……」
「今頃分かったのか。このドアホが!」
権蔵はズボンを破る。
しかし、傷口を見た権蔵の手がピタリと止まった。
タカトの両足首から太ももにかけて、既に黒く紫がかり、傷口がひどく化膿していたのだ。
両足とも切り落とすか……
ズボンのすそを握る権蔵の手が震えた。
このままでは、全身に毒が回る。そうなれば、人魔症ではなくとも、毒で命を落としてしまう。
この場で両足を切り落とせば、不自由な生活にはなるが、命は助かる。
権蔵は悩んだ。
権蔵の震える手が腰のナタへと伸びた。
タカトの背から青きスライムがはい出してきた。
どうやらタカトの背につぶされていたようである。
スライムは、ひょこひょことタカトのそばを通ると、両足首にぴちゃりと引っ付いた。
タカトと権蔵は、突然の出来事に、驚き何もできなかった。
目の前でスライムの体の中に、傷口からくろい液体がゆらゆらと立ち上っていく。
「ちょっ! じいちゃん、これ取ってよ!」
タカトが足を激しく動かそうとした。
咄嗟にその足を押さえる権蔵。
権蔵はいつになく大声で叫んだ。
「動くな! タカト!」
その様子にぴたりと動きを止めるタカト。
権蔵はそのスライムの様子を、固唾をのみながら観察した。
タカトの太ももから徐々に紫の色が消えていく。
それはゆっくりだが確実に消えていた。
「絶対に動くな! このスライムはお前の毒を解毒してくれておる!」
「イヤン。冷たい!」
すでにタカトはそのスライムの感触を楽しんでいるようであった。
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