第234話 足の引き合い、どつき合い(3)
オオボラは、すかさず提案した。
せっかく持ち帰ったエメラルダの所在、自分の手でこのチャンスをつかみ取りたい。
「私の配下の奴隷兵を向かわせてよろしいでしょうか?」
「お前にできるというのか」
「ご命令とあれば」
エメラルダを捕縛できれば、更にアルダインの信認を得ることができるかもしれない。さすれば、更に権力を得ることも……そして、この国の腐敗の元凶をいつか……
しかし、オオボラの背後で突然、笑い声がした。それは大きく、バカにしたような大笑い。
膝まづくオオボラは振り返る。
そこには一人の男が立っていた。名をレモノワ=キラー第三の門の騎士である。
「閣下、この者ではエメラルダは捕縛できないでしょう」
――なんだと!
オオボラは唇を強く噛みしめる。
しかし、相手は騎士である。ココで下手な事を言えば、元も子もない。
怒りに震えるオオボラの視線が、床へと落ちる。
「フン! お前は、アルテラ様のお命を2度も危険にさらし、さらに、万命寺に潜むエメラルダを取り逃がしておる。失敗に次ぐ失敗! お前にこれ以上、期待なぞできるか!」
くっ!
オオボラは膝に当てた拳を強く握りしめる。
確かに、ガメル襲来時にアルテラを危険にさらしたことは事実。第七の門内で、2.5世代の魔装装甲アルテミス試作機のテスト時に超大型級のエイの魔物にあわや食べられそうになったのも事実。そして、極めつけは、万命寺において、目の前のエメラルダをみすみす取り逃がしたのは痛恨の極み。
失敗に次ぐ失敗。
言い返すことはできない。
だからこそ、今回こそは! と意気込んだのだ。
しかし、相手は第三の騎士。
軽々しく意見を言えば、墓穴を掘りかねない。
第三の騎士レモノワは続けた。
「ましてエメラルダは、この神民街に人魔を放った張本人! 俺がこの手で血祭りにあげんと気がすまん!」
アルダインの宣伝により、多くの者たちは、神民街を襲った人魔たちはエメラルダの仕業であると疑わなかった。
その怒りの矛先は、エメラルダ一人に向けられる。そして、神民を失った騎士たちの怒りは、どの誰よりも大きかったのだ。
そう、第三の騎士レモノワもその一人。
神民を失い、新たな神民枠を使用する羽目になったのは、エメラルダの反逆のせいである。神民枠を使うということは、自分の騎士としての貴重な時間を削ることになる。レモノワの怒りは当然と言えば当然であった。
ネルが、レモノワの言葉を遮った
「レモノワ様。かと言って、あの女は小門の中。いかがするお考えでしょうか?」
アルダインも興味深そうにレモノワに目を向ける。
「簡単な事。我が配下の暗殺部隊を向かわせます」
レモノワは、融合国において汚れ仕事を担っていた。アルダインが気に入らないと思うものを、陰で始末していくのであった。そんな仕事を一手に引き受けるのが、レモノワの暗殺部隊である。
暗殺部隊は一般国民以下の身分で構成されている。これは、ターゲットがいかなる場所にいても、侵入できるようにとのことだ。だが、一般国民と言えども、その暗殺の実力は高い。その能力の高さはアルダインも一目置いていた。
いや、その能力と言うよりかは、その残虐性か……
そう、その暗殺の跡は、とても見ることができないほど悲惨な状態であった。両目をえぐり五体を刻み、壁にこれみようがしに貼り付ける。女、子供までにいたるまで内臓を引きずり出して、その口に突っ込んだ。他に歯向かうものへの見せしめもあったのかもしれない。
しかし、おそらく、その暗殺部隊の頭のネジが少々飛んでいるに違いなかった
「お前の所の暗殺部隊か。コレは面白い。やってみろ」
「御意! 必ずや禍のエメラルダの首を御前にお持ちしましょう」
「首だけでいいぞ」
「もとより、そのつもりです」
アルダインとレモノワの楽しそうな笑い声が謁見の間に響いていた。
オオボラは、その様子を黙って耐えていた。
ここでレモノワに手柄を立てさせれば、何のために情報を持ち帰ったというのだ。
まして、エメラルダ討伐という手柄を立てられれば、自分が無能と言うことを、更に流言されかねない。
――アイツが失敗すれば済むことだ……
うつむくオオボラは、一計を巡らす。
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