第99話 青いスライム(11)

 家の入り口で、権蔵は肩に担いだ大袋を地面に降ろした。

 石に腰かけタカトを呼ぶ。

 ズボンをめくり足の状態を確認した。

 傷口はまだ残ってはいたものの、毒はすっかり消えていた。

 権蔵は、その傷を確認するとよっこらしょと立ち上がり、家の中へ傷薬をとりに入っていった。


 その間、タカトとビン子は右腕に巻き付いているスライムをつついて遊んでいた。

 つつくたびにぷるるんと揺れる。

 それが面白いのか、二人は笑いながらさらにつついている。


 権蔵は、タカトの足に傷薬を塗りながら、腕に巻き付いているスライムを見た。


「タカト、そのスライムの体を少し分けてくれんじゃろか」


「俺に言われてもね……」


 タカトは右腕に巻き付くスライムを見た。

 スライムがギクッと動く。


 ――こいつ聞こえているのか……


 この青いスライムには耳や目があるのだろうか……

 まじまじとタカトは観察するも、それらしきものは見当たらなかった。

 青い液体の中に、小さな黒い核が一つ浮かんで泡をたてているだけであった。

 タカトは不思議そうに尋ねた。


「じいちゃん、こいつの体で何をするんだ?」


「いや、こいつの解毒能力は凄いからな、ちょっと毒消しでも作ろうかと思っての……」


「じいちゃん、薬も作れるのか!」


「エメラルダ様から手ほどきは受けたからな、一通りのことはできる」


「すげぇな。ところで毒消しは何に使うんだ?」


「まぁ、ちょっとな……」


 言葉を濁した権蔵をいぶかしげに見つめながら、タカトはスライムをつついた。


「なぁ、タマ! じいちゃんが、ああ言っているから。少しいいだろ」


 早速、タカトはスライムに名前を付けたようである。

 しかし『タマ』とは安直な……猫じゃあるまいし……

 タマは右手に巻き付いたまま動かない。

 いくらタマと言えども、自分の体を切り分けるということは、大変なことなのだろう。


 ――まぁ、そうだわな……


「じいちゃん、ダメだってよ」


「そうか、なら、他を考えてみるか……」


 権蔵は立ち上がり、家の中へと入ろうとした。

 タマがピクンっと動いたかと思うと、腕からぴょんと離れ、権蔵の前に進んだ。

 そして、権蔵の足元で、体をくぼませて、分裂をはじめた。

 ほどなくして権蔵の足元に青い塊が二つ出来上がった。

 黒い核がある青い塊は、いそいそとタカトの足元まで戻ったかと思うと、スルスルスルとタカトの右腕に巻き付き動かなくなった。

 残ったもう一つの青い塊は、全く微動だにしない。

 権蔵がその塊をすくい上げる。


「これをくれるというのか」


 タカトの腕のタマは、全く動かない。すでに眠ってしまったようである。


「いいんじゃね。はわわぁぁぁ」

 タマを見ながら、タカトは口に手を当て大きなあくびをした。

 権蔵はそのスライムの体を大切そうに持ち、自分の作業部屋へと消えていった。


「ビン子、俺も少し寝る」

 眠そうに目をこするタカトをビン子は心配そうに見つめた。

 しかし、身を案じるようなことばが出てこない。

 というより、出そうと思っても、詰まって出てこなかった。

 見送るビン子をよそにタカトもまた部屋に入っていく。


 タカトは部屋に入るなり、ベッドに倒れ込んだ。

 久しぶりに使うベッドである。

 なんだか甘い香りがする。


 ――なんのにおいだろう……


 妙に気持ちが落ち着く。

 心地よい眠気に、身を任せるタカト。

 うすっらと消えていく意識の中で、一人の女の子が見えた。


 ――あぁ……ビン子だ……

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