第100話 青いスライム(12)

 青空が透き通る森の中をタカトが肩を怒らせながら歩いている。

 ビン子が後ろから何とかなだめすかしているが、全く聞く耳を持っていない。

 タカトの足は、万命寺へと向かっていた。


「大体、オオボラのやつが途中でいなくなったのが悪いんだよ!」

「きっと何かがあったのよ」

「いや、あったとしてもだな、一言ぐらいあるだろ」

「きっと、急用だったのよ」

「あの時、あのまま寝ていたら俺、死ぬところだったんだぞ!」

「あの大群だから近づけなかったのかも……」

「いやいや、近づけなかったとしても、別の方法はあるだろ!」

「そうかもしれないけど……・」

「とにかく、あいつをどつかんと気が済まん!」


 タカトの足は早まった。

 タカトの技量では、実際にどつけるかどうかは分からない。

 しかし、その怒りの気持ちをオオボラにぶつけないとタカトは納得ができなかったのである。

 まぁ、おそらく、最後はガンエンに言いつけて、どついてもらおうとでも考えていたのであろう。


 今日もコウエンがスラムの中で炊き出しをしていた。

 しかし、一人である。

 そのため、とても忙しそうに、あれやこれやと動き回っていた。

 コウエンは、タカトたちを見つけると、わらにもすがる思いで叫んだ。


「こっちに来て手伝って!」


 ビン子はとっさに走り出し、コウエンを手伝おうとした。

 タカトはとっさに身を隠し、今来た道を帰ろうとした。


 瞬時にビン子はタカトの耳を引っ張る。

 その目は逃がすものかと強くにらんでいる。


 イタタタタ……


 叫ぶタカトを意に介さず、コウエンのもとへと引っ張っていく。


 あきらめたタカトは、ぶつぶつと独り言を言いながら手伝い始めた。

 しかし、あまり役には立ってないようであった。


 炊き出しが終わると、いつも通りコウエンは、水場に鍋を洗いに行った。

 タカトはオオボラを探すものの見当たらない。

 仕方なく、水場のコウエンに尋ねた。


「知らないわよ!」


 そっけなく答えるコウエン。しかし、その声はどことなく寂しそうであった。

 ビン子もその様子に不安げな目を向けるが、何も聞くことができなかった。

 一人タカトは後ろで叫んでいる。


「オオボラのくそボケ! 出て来い! 出てこんかったらどつくぞ!」

 出てこない相手をどうやってどつくというのであろうか?

 しかし、その声はむなしく響き渡るだけであった。


 タカトは、万命寺の境内で炊き出しの道具を片付けに行くコウエンと分かれると、ガンエンを探した。


「ジジイ! オオボラを知らないか!」


「タカトや。オオボラに何か用か?」


 タカトは小門の中での出来事を、自分に都合のいい部分だけを抜き出し、更に過大に報告した。

 ガンエンは目を丸くする。


「オオボラは、そこまで悪人ではないはずなんじゃがな……」


 普通ならここで話を盛りすぎたかと、少々後ろめたい気持ちになるのではあるが、タカトはさらに追撃した。


「あのバカのせいで、俺は本当に死にそうだったんだよ。どう思う?」


「しかし、タカトや。お前は死んでないしの……」

 顎をさすりながら笑みを浮かべるガンエン。すでに話の半分が嘘であることはバレているようであった。


「とにかく、オオボラはどこに行ったんだよ! 一回どつかにゃ、俺の気が済まん!」


「そうわ言うても、ここ数日、オオボラは姿を見せてないからのぉ」


「ジジイ! 隠してんじゃないだろうな!」


「お前に隠してどうする。大体、お前じゃオオボラに勝てんじゃろが」


 くっ!

 図星のタカトは、言葉を詰まらせた。


「今の話じゃと、小門に行った後から、姿を見せてないのぉ」


 ガンエンは、ちらっと後ろを気にした。

 柱の影からコウエンがタカトたちの話を盗み聞きしていた。

 その様子から、おそらくコウエンもまたオオボラの行方を知らないのだろう。

 ガンエンもコウエンも、姿を見せないオオボラのことを心配していた。

 ただ、タカトの話から、死んだわけではなく、どこかで生きていることだけは分かった。

 今の二人には、それだけで十分であった。


 納得ができないタカトは、また、叫んでいる。


「オオボラのくそボケ! 出て来い! 出てこんかったらどつくぞ!」


 だから、いない相手はどつけないちゅうのに……このどアホ!


「タカトや、せっかく来たんじゃから、万命拳の練習でもしていかんか」


 迷惑そうなガンエンは、やけにうるさいタカトに、声をかける。

 タカトが一瞬びくっとなり、声が止まる。

 しかし、何事もなかったかのように、また、大声をあげだした。

 だが、その足は、そーっと帰ろうとするかのように、万命寺の門へと静かに進んでいた。

 ガンエンの手がタカトの首根っこを押さえる。


「いやぁぁぁぁ。痛いのは、いやぁぁぁぁ!」


 引きずられていくタカトを、呆然と見送るビン子であった。






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