第673話 ビン子の反省文

「デスラーのジジイが来ないから、これからお前が右側病棟の副院長な!」

 医院長のその言葉に、サンド・イィィッ!チコウ爵は不思議そうにルリ子に確かめた。

「右側ってどっちなんだニィィィィ?」

「お父さん、右側って言ったら、正面玄関から見て右側じゃない?」

 それを聞く院長は、

「お前らはアホか!」

 あきれた声で見下していた。

「そんなもの、俺の右側に決まっているだろうが!」

 それを聞くサンド・イィィッ!チコウ爵は納得したようにポンと手を打つと、 院長の右側の病棟を指さしながら、「ということは、こっちが右側だニィィィィ」と目を丸くした。

 だが、ルリ子は理解不能の様子で……

「でも、お父さん……この人が向きを変えたら右と左、いや……全ての方向が右側になるよね……」

 それを聞いた院長がニヤリ!

「ザッツ!ライト! そう! だからこそ!このツョッカー病院、全ての病棟が君の担当だ! だが、手当は右病棟分の1/2! コレでいいかなww右近大夫君!」

 ――って、言い分けないだろう!

 全病棟を任せておいて給料はデスラーの半分ときたら、そりゃおかしいだろうが!

 と、言いかけたルリ子を差し置いて。

「オッケーだニィィィィwwww」

 と、サンド・イィィッ!チコウ爵は簡単に了承してしまった。

 ウキウキと腋をバタバタとさせながらスキップを踏む様子……

 大方、右近大夫と呼ばれたのがうれしかったのだろう……って、伊達政宗の最初の官位は左京大夫だったような気がするが、まぁいいかwww

 というこで、この出来事以来、ルリ子はサンド・イィィッ!チコウ爵の事をいつものように「クソ野郎」と呼ばずに「う〇こん大夫」と呼ぶようになったのである。

 ――その方がこの変態、扱いやすいんだよ!

 そのためか……ルリ子も看護師になって丸くなったようなきがするwwww

 だって、「クソ」とは呼ばずに「う〇こ」と言えるようになったのだからwww


 ルリ子はその条件を飲む代わりに、サンド・イィィッ!チコウ爵ともどもツョッカー病院に住み込みで働らかせてくれと提案したのである。

 しかも、家賃相当分は給料から引いていいというではないか。

 おおかた、誰もいなくなった深夜、ヒロシの頭を探そうというのであろう。

 だが、そんなことなど知らない院長は、渡りに船とばかりに二つ返事で了承した。

 というのも、今のこのツョッカー病院は賃金カットのため警備員も含め夜間勤務は厳禁なのだ。

 それが、残業代無し、労働時間の制約なしで働くというおバカさんが出てきたのである。

 こんな提案を受けないバカは、いやしない。

 ――これで人件費は大幅にコストカットできちゃったwww俺ラッキー!


 で、そんな話がまとまったころ、ツョッカー病院の玄関口にカルロスが救急の用向きで駆け込んできたのである。

 ハァハァとすごく息を切らせて……

 しかも……チアのコスチュームに身を包んだすごい格好で……

 もう、このオッサン自身が精神やんでんじゃないのかと思ってしまう。

 だが、カルロスの話を聞くとクロトのピンチ!

 いても立ってもいられないルリ子はサンド・イィィッ!チコウ爵の腕をギュッとひっつかむと、そのまま玄関から飛び出していったのである。

 診察道具も持たずに……


「相手は神民さまだ! カモだ!カモだ!ネギかもだ! 絶対に身柄を押さえろよ!間違っても神民病院に横取りされるなよぉぉぉぉ! ちゃんと病室には空きができたんだらなぁぁぁぁ」

 玄関先から見送る院長は鬼のような形相で何度も何度も繰り返し大声を張り上げていた。


 立花ハイグショップでは、クロトの赤らめた顔からハァハァと息が漏れていた。

 よほど体が熱いのだろう。

 これを見たサンド・イィィッ!チコウ爵は付き従うルリ子に命令を下した

「これはいかんだニイィィィィイ! この子をショッカー病院に連れて行くだニイィィィィイ! そして、緊急入院だニイィィィィイ!」

「分かりました う〇こん大夫副院長!」

 ルリ子はてきぱきと担架を用意すると、クロトを丁寧に乗せはじめた。

「クロト君。もう大丈夫だからね。これでずっとルリと一緒だね♡」

 なんともいやらしい笑みを浮かべるルリ子。

 その言葉は恋慕の情から来たものか……それとも、単に金づるか……

 まぁ、どちらであったとしてもこの状況にはそぐわない。

 だが、そんなルリ子の頬にクロトはそっと手を伸ばす。

「ルリ子さん……無事でよかった……」

 そう、クロトは地下闘技場で見失って以来、ルリ子がどうなったのか分からなかったのである。

 確かに立花はルリ子がツョッカー病院に行ったという。

 だが、その言葉を簡単に信じることなどできなかった。

 というのも、サンド・イィィッ!チコウ爵の正体を知らないクロトにとって、あの時点のルリ子がツョッカー病院に行くという理由など思いつきもしなかった。

 であれば、立花の口からでたのは出まかせ……という線もありえたのである。

 それが、今、看護師の姿でクロトのかすむ視界に映っているのだ。

 ――よかった……本当に……よかった……

 今にも死にそうなクロトの顔に安心したような笑顔が浮かぶと、ルリ子は自分のあさましい考えを反省するかのように目を逸らした。

 ――ちっ! ずるいよ……クロト……

 

 そして、もう一人また別の男がうめき声をあげていた。

「おい……ルリ子……俺も入院させろ……」

 そう、立花どん兵衛、その人である。

 立花もまた、ビン子のハンバーガーを一口、ガブリと食べたのであるが、その不味さゆえに、飲み込む前に全て吐き出してしまっていた。

 そのため、幸い人魔症への感染を免れていたのだが……

 どうにも口の中が熱いのだ。

 いや、口というより顔全体……体中が熱くて熱くてたまらない。

 一口食べただけでこの熱さ。

 ――あの女! ハンバーガーの味付けに一体、何をつかったというのだ。

 いくら立花が想いを馳せても分からない……

 ――分からないが……あの女もまた、あのタカト同様に食えない奴だったというわけか。

 確かに……ビン子が作るものは食えないものばかり……

 えっ? 意味が違う?

 いや、多分、ビン子そのものには悪意とかは無いと思うんだよね。

 だって、今のビン子は自分のしたことに後悔したのか、誰にも命令されていないにもかかわらず、ドラム缶のテーブルの上で反省文をせっせと書いていたのである。

 それをタカトが横からサッと奪い取る。

「ちょっと! タカト! かえしなさいよ! ちゃんと反省文書いてるんだから」

 と、詰め寄るビン子の額を手のひらで押し返しながら、目を通してみると……

 何ということでしょう!

 あのビン子が!

 あのビン子が!


『反省文

 ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!』


 ――おお! ビン子の奴、ちゃんと謝っているではないかwwww

 ちょっとはビン子のことを見直したタカトは興味津々で、

 ――ということで、続きを読んでみようwww

 どれどれwww


『このたび、私、ビン子が作った料理によって、皆様に大変なご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございません。

 でも、どうしてこうなったのか、いまだに私にもわかりません。

 いまさら謝っても済むことではないのですが、確かに、魔物の肉を使ってしまいました。

 しかし、それ以外のパンや調味料といったものは、この店にあるものを使っています。普通の調味料とパンです。

 それで、このような大惨事が起きたということは、なにか私以外に原因があるような気がするのです。

 だから、絶対に私のせいではありません。

 ですので、損害賠償はその原因を作った人にしてください。

 だいたい! 私、お金持ってないですからね!

 払えって言われても、払うお金持ってないですからね!

 体で払えと言われるのなら……仕方ないですけど……

 その場合にはタカトの体を使ってください!

 煮るなり! 焼くなりご自由に!

 だから! 私は悪くない! 決して悪くないの!』


 だそうである。

「おい! ビン子! コレのどこが反省文なんだよ! というか、なんで俺が体で支払ないといけないんだよ!」

「だいたい! こうなったのはタカトのせいでしょう!」

「なんで?」

「なんででもよ! ということで、何とかしなさいよ! タカト!」

 まぁ、ビン子の損害賠償だけは死んでも払いたくないという気持ちは分からないことはない。

 実際にタカトだって賠償金なんか払いたくない。というか、払えない……

 しかも、ここに書いていることが本当であれば、ビン子はこの店にある調味料を使ったというのである。

 タカトはそれとなく、そばに置かれていた塩と書いているビンを手に取ると、その白い粉を指に着け鼻に近づけてみた。

 ⁉

 ――これは、研磨剤⁉

 そう、塩って書いているビンの中に入っていたのは、間違いなく研磨剤だったのだ。

 そして、ハンバーガーに必要とされるマスタードと書いてあるチューブの中にはクロム酸亜鉛が入っていた。

 ちなみに……

 クロム酸亜鉛の毒性は、厚労省の職場安全サイトによると

『アレルギー性皮膚反応を起こすおそれ

吸入するとアレルギー、喘息又は呼吸困難を起こすおそれ

遺伝性疾患のおそれの疑い

発がんのおそれ

生殖能又は胎児への悪影響のおそれの疑い

中枢神経系、呼吸器、心血管系、血液系、肝臓、腎臓の障害

長期にわたる、又は反復ばく露による呼吸器の障害』と、載っている。

 ――なんで? というかまさか⁉

 タカトは自分の仮説を証明するかのようにケチャップと書かれたビンの蓋を力任せに開けた。

 中には赤橙色をした粉末、二クロム酸カリウムが入っていた。

でもって、厚労省の職場安全サイトによると二クロム酸カリウムの毒性は

『飲み込むと生命に危険

皮膚に接触すると有毒

重篤な皮膚の薬傷及び眼の損傷

アレルギー性皮膚反応を起こすおそれ

重篤な眼の損傷

吸入すると生命に危険

吸入するとアレルギー、喘息又は呼吸困難を起こすおそれ

遺伝性疾患のおそれ

発がんのおそれ

生殖能又は胎児への悪影響のおそれ

中枢神経系、呼吸器、心血管系、血液系、肝臓、腎臓の障害

長期にわたる、又は反復ばく露による呼吸器の障害

水生生物に非常に強い毒性

長期継続的影響によって水生生物に非常に強い毒性』なので、良い子のみんなは決して食べたりしないようにね。



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