第674話 悪いのはお前だ!

 タカトはそのビンについている「ケチャップ」と書かれたラベルの筆跡に見覚えがあった。

 ――この汚い字……

 そう、この筆跡は本郷田タケシのもの。

 ということは、ここに置かれている調味料の名を冠した入れ物の中には、いろいろな毒物劇物が入っているのだろう。

 これで間違えるなというほうが無理といえば無理な話であるwwww

 ――だがしかし……タケシは……なんでこんなラベルを貼ったのだろう……何か意味があるんじゃないだろうか……

 という、タカトの真剣な悩みが異次元にまで届いたのかどうかはしらないが、

「だって仕方ないじゃないか! クロムって書くとクロちゃんが自分の事かなって勘違いしてしまうだろが!」

 などと、タケシのことだ、顔を真っ赤にして言い訳をし始めることだろう。

 だが、絶対に! クロトに限ってそんな勘違いはしないということだけは、今のタカトには分かった。

 どうやら事の原因は、タケシがアホだったということで決まりのようだ。

 ――ということで、おめえが悪い! 本郷田タケシ!


「仕方ないな……」

 タカトは反省文をビン子に押し返すと、今にも担架で運ばれようとしているクロトの元へと近づいた。

「おっほん! クロト! あのだな……」

 何か言いづらそうなことを言おうとしているのか、なかなか言葉が出てこない。

 そんなタカトを気遣ってクロトが苦しそうな顔に笑顔を作るのだ。

「な……なんだい……タカト君……」

「え……っと……あの……ビン子の奴がですね……実はですね……」

 さすがに、タケシのせいで調味料を間違えましたとは言えない……というか、料理を作るものとしては、その香り、感触でわかるはず……いや、そもそも、ここはアウェイ、他人の家なのだ。であれば、そこで使う調味料は砂糖と塩などのように似て非なるものと間違えないように、しっかりと確かめるべきだったのである。ビン子はそれを怠った……やはり、やっぱりビン子が悪い。

 ――だが、かといって、賠償金は払いたくない……

 ビン子が賠償金を払えなければ、その身内としてタカト自身が責め立てられる。

 ――それも、やっぱり嫌だ……

 しかし、今のタカトは金など持っていない……あるのは、融合加工の道具と工具だけ……

 ――工具⁉ いや……

 そう、タカトのポケットの中には夢は詰まっていないが工具がたんまりと詰まっている。

 例えばプライヤーとか、スパナとか。

 そんなタカトは自分のポケットから一つのドライバーを取り出すと、それをクロトへと突き出したのだ。

「クロト……ごめんな……これ俺の宝物なんだけど……これで許してくれないかな……」テヘペロwww


 それを見るビン子は目をまんまるに大きく開いて驚いていた。

 ――タカト……

 といか、タカトの奴、そのドライバーを賠償金がわりに渡そうというのであろうか。

 さすがにそれはクロトを舐めすぎである。

 当然、「ドライバーよりも金よこせ!」と言われかねない。

 そんなのしごく当たり前、使い古したドライバーよりも金の方が価値がある。


 それが普通の考え……


 だが、ビン子は知っていた……

 そのドライバーがタカトにとってどれだけ大切なものかを。

 そう、タカトが好んで使う工具は『頑固おやじ印の極め匠シリーズ』の一級品ばかり。

 こう見えてもタカト君、権蔵と違って工具にはすごくこだわっているのである。

 『一流の職人は一流の工具を使ってこそ一流のものが作れる』とマジで信じている。

 だからこそ、権蔵のように一から自分で使う工具を作り上げているのをみると、その武骨なデザインをダサいダサいと馬鹿にしているのだ。

 だが……権蔵が作る工具は己が指にピッタリと合うようにカスタマイズされコンマミリ単位以下の作業ができる超一級品。

 そんな工具の数々をタカトが使ったとしても当然、精密、緻密な作業などできるわけもなく……「こんなダサい工具なんか使えるかよ!」などと、一般に売り出されている高級工具に頼ってしまうのは仕方のない事であった。

 え? タカトにそんな金ないだろって?

 あのね、タカト君だって権蔵の店で働いているのよ。

 小額とはいえタカトは権蔵から給金を貰っているのだ。

 そんなお金を全プッシュ! 工具の購入代金に惜しげもなく突っ込むのである。

 そのため、日々使える金などあるわけもなく、ビン子がためている豚さん貯金箱を虎視眈々と狙っているのであるが、それもまた、ビン子がしかけたトラップによって返り討ちに合っている。

 というか、今はそんな話はどうでもいいのだ。

 そう……そのドライバーはタカトにとっては命の次に大切な工具と言っても過言ではないだろう……(たぶん、ムフフな本と同等、いや、それ以上と信じたい! byビン子)

 もう、タカトの相棒と言ってもいいほどの品なのである……

 それを今、タカトは惜しげもなくクロトに差し出しているのだ。

 これを見てビン子が驚かずにいられようか……いや、いられない……

 ――も……もしかして、タカト! 私のために♡


「こ……これは……なんだい?」

 先ほどまで死んでしまうのではないかと思えるほど震えていたクロトの目が、それを見た瞬間、鋭い光をはなったのだ。

 その視線に吹き出す汗を必死にこらえるタカトは後悔した。

 ――やっぱり、ドライバーじゃまずかったか……

 賠償金といえば大金と相場が決まっている。

 ならば、ドライバーよりもプライヤーの方が大きい金物なのだ。

 ――やはり……渡すべきはドライバーではなくてプライヤーの方だったか……

 だが、大きい分、その購入代金は大きかった。

 ――惜しい! やっぱり惜しい! ドライバーなら数か月我慢すれば買いなおせるが……プライヤーだとさすがにもう……すぐには買いなおせない……

 というか、タカト君……君のプライドはその程度のものだったのかwwww


「え……えっ……とだな……ビン子がやったこと……これで許してくれないかなwwwwなんてねwwww」

 笑ってごまかすタカト。

 ――ええい!ままよ! このまま押し通るのみ!


 だが、クロトから返ってきたきた言葉は当然……

「こんなの……もらえないよ……」


 その言葉を聞き、なんだか情けない気持ちになったビン子はガクリとうなだれた。

 ――当り前じゃやないの! タカト! そんな手垢まみれのドライバーなんて欲しがる人なんているわけないじゃない!

 どうやら、これで賠償金の支払いは確定だ……

 ガックリと肩を落とすビン子を差し置いてクロトは言葉をつづけた。

「このドライバーは『頑固おやじ印の極め匠シリーズ』のモノだね……」

 ――うん? ドライバーのことを知っている?

 潤んだ瞳のビン子が、パッと顔をあげると、クロトはタカトから受け取ったドライバーをまじまじと見ていた。

 ――あれ? もしかして、この流れwwwいいんじゃない! タカト!


「しかも……僕が見たことがないシリーズ……ということは、この時代にはない未来のシリーズってことだね……」

 よほどお気に入りのドライバーの事を理解してくれたことがうれしかったのだろうか、タカトは得意げに胸をそり返す。

「そりゃそうよ! 俺の時代のモノだから! しかも、最高グレードの代物だぜ!」

「それは見たら良く分かるよ……ドライバーのグリップがこんなにすり減っているにもかかわらず、先端部分はまだしっかりとしている。工具そのものがいいのは当然だけど、よく手入れができてるね。コレ」

 どうやらクロトもかなり興奮してきたようで、いつしか担架の上で上半身を起こしていた。

 ――というか……お前……体大丈夫なのかよ……(byビン子)

 だが、タカトにとってそんなことはどうでもいいようで、

「当然! 俺の使っている工具だからな!」

 と、鼻をこするタカトの態度はかなり偉そうだった。


 ――というか、こいつら……すでに当初の目的を忘れてるんじゃないだろうか……

 道具談議をし始める二人をかわりがわりに見比べるビン子。

 この様子、この笑顔、賠償金の事なんて完全に失念していることはすぐわかる。

 分かるのだが……なんだか、ちょっとおもしろくない。

 そんなビン子の顔がフグのようにプーっと膨らんでいく。

 傍から見ていると、二人の話よりもこの顔の方が面白い。

 どうやら、このビン子の奴、自分も二人の話に加わりたいようなのだが、内容が全く理解できていないため、二人の真ん中で顔を膨らませるのが精いっぱいだったようなのだwww


 でもって、クロトもまた話に熱中し始めたようで、

「でも、こんな素晴らしい工具なんて貰えないよ」

「いいんだよ、このドライバーでビン子がやったことを許してくれよwwwな」

「ビン子ちゃんのやったこと? ああ、あのハンバーガーの事だね。そんな事、全然気にしてないからwww」

「え? なら、損害賠償とか?」

「そんなのする気なんてないよ。というか、だいたい君たちお金持ってないでしょwww」

「うっ! その通りでございます……」

「これぐらいの毒だったら、エメラルダ様に解毒薬を作ってもらえばすぐに治るからwwwねぇカルロスさまwww」

 それを横で聞いていたチアリーダー、もといカルロスは頭をゴシゴシとかきながら、なぜか大きなため息をつくのだ。

「何とか穏便に済まそうと思っていたのだが……やはり、それが一番の解決策か……」

 カルロスもそれは分かっていた。

 人魔症にかかっている可能性があれば、第六の宿舎に連れ込み血液洗浄を施せばいい。

 毒物を摂取したというのであれば、解毒薬を使えば万事解決なのだ。

 そんなことは、分かっている……

 分かっているのだが……

「かといって、なんと申してエメラルダ様に解毒剤を作っていただくか……それが問題なのだ……」

 ここまで複数の毒物が使われているということは、第六の宿舎に保管している一般の解毒剤では効果が薄いことだろう。

 ならば、エメラルダに直接診察してもらい、オーダーメイドの解毒薬を作ってもらう必要がありそうなのである。

 まぁ、確かに薬学に長けたエメラルダの事である、解毒剤そのものは数時間もあれば完成出来てしまうことだろう。

 ならば、何が問題だというのだ?

 そう、それはクロトの症状ではなく身分なのである。

 クロトは第二の門の騎士 史内の神民、いうなれば他人の所有物なのだ。

 しかも、その史内は、騎士交代の時期を目の前にして臥せていると聞く……

 こんな状況で……

 ――もしエメラルダ様がこの話を聴いたりしたら……「史内さまの神民を危険にさらなんて、カルロスは何を考えているの!」って激オコなこと間違いなしだろう……おお、こわ!

 そう、騎士たちの不死性は、彼らが抱える神民の生気によって賄われているのだ。

 すなわち、神民の生気が減ることは、騎士の不死性が下がるということを意味する。

 しかも、第二の騎士 史内は自分が持てる神民数の総枠を既に使い切って、もうこれ以上神民を増やせないのだ。逆に言うと、今いる神民たちの生気が最後の糧なのである。

 だったら、早くクロトを治療して生気を取り戻させればいいではないかと思うのだが……

 戦闘中でもないこの平時に、第六の騎士のエメラルダが第二の神民であるクロトを勝手に治療するというのは基本的には管轄外の話なのである。

 なので、このような状況の場合、正式な手順を踏むのが当たり前。

 まずは、その主たる第二の騎士 史内に状況を報告し、その史内の依頼によってエメラルダは動かざる得ないのである。

 ――だが……その史内さまに、どうやって説明するかだ……

 そう、大切な神民を害されているのだ。どう考えても損害賠償なんかで済むわけがない。

 ――へたをすれば、このタカトとビン子は確実に死罪だぞ……はぁ……

 再び、大きなため息をつくカルロス。

 クロトも救ってやりたいのだが、タカトとビン子も救ってやりたいのだ。

 それができる男というもの。

  ――というか、この難しい問題に答えなんてあるのかよ!


 そんな心配を感じ取ったのだろうかクロトは晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

「カルロス様、史内さまとエメラルダ様に騎士交代候補のけん了承しました。とお伝えください。そうすれば、これぐらいのゴタゴタとるに足らないということで、あっという間に解決しますよ」

 カルロスは静かにクロトの瞳を見つめる。

「それでいいのか……騎士交代候補者の件は上が決めたこと、クロトが無理に従う必要はないのだぞ……」

 そう、モーブや一之祐、エメラルダといった騎士の面々は史内の後釜はクロトを推すつもり満々なのだが……当のクロト本人の了解は得ていないのであった。

 まぁ、騎士とは王に次いで偉い人。

 一神民の意見など聞いてない! と言えばそれまでなのだが……

 刻印の授与を当の本人が拒んでしまえば、騎士の移譲などできないのである。

 それが、今、タカトとビン子が作ったゴタゴタを回避するためとはいえ、クロト自身の口から推薦を受けると言質を取ったのだ。

 おそらく、これを聞けば史内とエメラルダが喜ぶのは間違いない。

 ――その功をもってタカトとビン子の恩赦を願い出ろと……

 そう、死罪どころか「よくぞクロトを説得してくれた!」と、褒められる可能性すらでてくるのだ。

 ――これで、あの二人も無事に済むという訳か……だが……

「もう一度聞く。お前はそれで本当にいいのか?」

 厳しい目でカルロスはクロトの眼をまっすぐに見つめる。

 先ほどまで道具談議に花を咲かせていたクロトのは、スッと真剣なまなざしに変わると静かにうなずいた。

「あい分かった……もう、何も言うまい……エメラルダ様が解毒剤を作られるまでツョッカー病院にて静かにしておれ……」

 そう、これが神民病院ではさすがに政敵のアルダインに情報が筒抜けだ。

 次期騎士候補者たるクロトの身に何かあっては大変なことである。

 そんな可能性を考えると、ツョッカー病院なら一安心なのである。

 というのも、ツョッカー病院はブラックだ。金に目ざとくヤブで有名な病院だ。

 要は金にならない話には興味がないのである。

 ならば、アルダインが大金をつんで買収をしてきたらどうなるのだろう。

 おそらく、簡単に寝返ることだろう。

 いいのかよ!

 いんだよ!

 だって、考えてみろ、神民であるクロトがツョッカー病院なんぞに入院すると思うか? そんな話、だれが簡単に信じるかよ。普通に考えたら神民の治療は神民病院に決まってるだろうが! それがツョッカー病院? 殺す気か? てめぇ!神民の命を粗末にするな! ってな具合に誰も信じるわけないだろう。

 まぁ、仮にバレたとして、もう、そのころにはエメラルダが解毒剤を作って退院しているのは間違いない。

 

 ――ならば!

 カルロスは何も言わずに向きを変えると、ハイグショップの明るい出口に向けて静かに歩きだした。

 その逆光の中、黒く大きな背中が先ほどどうしても言葉にできなかった思いをクロトにつげているような気がした。

 ――クロトよ……不死とはつらいものだぞ……愛する者、親しき仲間がどんどんと先立っていく……そんな思い出がお前の中に積み重なって心そのものを押しつぶしていくのだ……

 だが、クロトもまた離れゆくカルロスの背中に対して静かに頭を下げていた。

 ――カルロス様……不死もまんざら悪いことばかりではないようですよ…………この世界にはまだ、タカトのような面白いものが満ち溢れているんですから……


 なんかいい感じにまとまったが……言うまでもなく、カルロスはまだ……着替えていない……


 ハイグショップの店内では、ようやくクロト搬出の準備ができたようで、ツョッカー病院からの援軍として駆けつけてきたオッサンたちが、クロトの乗る担架をヨイショと担ぎあげていた。

 そんなクロトの横に、まるで金魚の糞のようについているたタカトが、ガラにもなく真面目な声を出すのだ。

「クロト……マジで、それやるから……本当にごめん」と。

「じゃぁ、これ、ありがたく今日の記念としてもらっておくよ。でも、これからタカト君たちはどこに行くんだい? 立花のおやっさんも、僕と一緒に入院するみたいだから、この店もしばらく閉めないといけないし」

「そのことか……ここが過去の世界というのなら……どうしても一つやらないといけないことがあるんだ……」

「やらないといけないこと?」

「ああ……俺の父さんと母さんに会いに行ってくる……」

「なるほど……家族を救いに行くのかな……」

「まぁ、別に姉ちゃんはどうでもいいんだけどなwwwwできるかな? 過去の書き換え……」

 薄暗い店内をでると、青い空からまぶしいほどの太陽の光がクロトの顔に降ってきた。

 それを避けるかのようにクロトは手をかざす。

「さあ、どうだろうね……ココにいる君もまた、過去の事実によって存在しているのは間違いないからね……まぁ、僕には分からないかな……」

「クロトにも分からないか……」

「ああ、でも、また未来でボクたちは出会えることだけは間違いないよ」

 きらりと光るドライバーを見つめながらクロトはにっこりとほほ笑んでいた。


 ハイグショップの前の路地上には多くのやじ馬が集まって中を覗き込んでいた。

 外に出たサンド・イィィッ!チコウ爵は、まるでやじ馬たちが作る壁を二つに割くかのように担架を先導しながら歩きはじめた。

「ピーポーだにぃぃぃい! ピーポーだにぃぃぃい! ピーポーだにぃぃぃい! そこをどくだにいぃぃぃぃ! 急患だにぃぃいっぃい! そこをどくだにいぃぃぃぃ!」

 店の前では残ったタカトとビン子とスグルが去りゆく二つの担架を見送っていた。

 そんな担架も次第に人ごみの影の中へと紛れ消えていく。

 だが、その姿は見えなくなっても、あの忘れもしない声だけが響いていた。


「おい! ルリ子! 分かっていると思うが俺は金持ってねぇから請求はクロトにしろよ!」

「やかましいわ! このウ〇コジジイ! テメエがクロトに迷惑かけないように私がしっかりと看病してやるから安心しやがれ! 10年、いや死ぬまで娑婆には出られないと思え!」

「もうwwww 二人とも喧嘩はやめなよwwww」




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とりあえず、これで一段落。

さてと、今度は一部三章を書き直しますか。

そう、そこは10年後のショッカー病院wwww

おそらく、めちゃくちゃ大改造の予定です。(2024/8/11)

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