第383話 超覚醒(5)

「何するんだ! 俺のごりごりちゃんに! というか、お前、臭ぇよ! アダム臭ぇよ!」

 次男とおぼしき魔人が、叫び声を上げるとともにタカトめがけて突進してきた。

 速い!

 ゴリラの魔物も早かったが、それ以上に速い。

 あっという間に、タカトとの距離を詰めた、次男魔人。

 タカトめがけて拳を振り下ろす。

 ぐはぁ!

 その衝撃に口から唾液が飛び散った。

 次男魔人が、みぞおちを押さえうずくまる。

 その前で、低い姿勢から、タカトが剣の束で、みぞおちに一撃をくらわしていた。

「なんだ! コイツ! 神民兵か!」

 エメラルダを掴む長兄魔人が大声を出した。

 この強さ、普通の一般兵のはずがない。

 闘気や覇気を使える奴、すなわち、神民兵クラスでないと説明できない。

 だが……あれは、生気。奴の体から噴き出しているのは紛れもなく生気だ。

 生気は生気でも赤黒い殺気をまとった生気である。

 まるで荒神……

 弱肉強食の世界で生きる魔人たちは、相手の殺気を感じることに長けている。

 そうでないと生き残れないのである。

 だが、目の前の男からは、嫌な殺気が滲み出している。

 反射的に身震いする。

 長兄魔人は、歯ぎしりをした。

 くそがぁ!


 キャイン!

 その長兄魔人の前で、ハヤテがゴリラの魔物に押さえつけられていた。

 ゴリラを弾き飛ばすまではよかったが、それ以降のハヤテの攻撃が続かなかった。

 ゴリラの圧倒的な力とスピードの前に、攻撃は通用しない。

 それどころか、その大きな手により首を押さえられ、その体に馬乗りにされていた。

 そのゴリラの大きさから考えて、ハヤテが自分の力でこの状況から脱出する方法はなさそうである。

 悔しそうな表情浮かべるハヤテ。

 先ほどまで馬鹿にしていたタカトが、ゴリラをぶちのめしたというのに、自分は、逆にゴリラに押さえつけられている。

 ――無様……

 ハヤテの口から、無念の唸り声が漏れおちた。


「小僧! この女とその犬っころの命が惜しかったら、剣を捨てな!」

 長兄魔人は、これみようがしにエメラルダの首を絞め、頭上にあげる。

 エメラルダが苦悶の表情を浮かべ、懸命にゴリラの手を振りほどこうと、両の手で抗っているが、いっこうに開かない。

 ゴリラによって首を絞められたハヤテもまた、呼吸ができないのか、舌がだらりと口からこぼれ落ちている。

 タカトは、躊躇なく剣を、目の前にぽいっと捨てた。

「動くなよ……小僧が!」

 先ほどやられた次男魔人が、口から垂れた唾液をふきながら、立ち上がる。

 つぶれろ! ボケ!

 次男魔人の拳がタカトの顔面を捕らえた。

 しかし、またもや、その拳は空を切る。

 何!?

 次男魔人の視界がぐるりと回ると、その背中に激しい衝撃が打ち付けられた。

 ごへぇ!

 次男魔人ののど元に、タカトの肘が入っている。

 地面に打ち付けられるとともに、タカトの肘が魔人の喉を押しつぶす。

 次男魔人が白目をむき口からよだれを垂れ流していた。

 死んだか。

 いや、どうやら、気を失っているだけのようである。

 もし、タカトの体に、万命拳の動きが染みついていたならば、きっと即死だったのかもしれない。

「てめぇ! よくも弟を! この女がどうなってもいいのか!」

 長兄魔人が腕が、エメラルダの首を勢いよく締め上げた。

 エメラルダの腕がだらりと垂れる。

 エメラルダもまた、限界か……

「エメラルダさん!」

 ビン子の鳴き声が響き渡る。

 次の瞬間、タカトの姿が消えた。

 二条の赤き航跡が地を疾走する。

 長兄魔人に向かって、突進する低くき姿勢。

 そして、それは跳ね上がる。

 魔人の頭上高く舞い上がるタカトの赤き瞳。

 タカトの手刀が、一直線に打ち下ろされる。


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