第118話 凋落のエメラルダ(10)

 割けた城壁から、魔物がながれこむ。

 しかし、前回、エメラルダの星河一天で壊滅させられた魔物たちの数は、さほど多くはなかった。

 しかし、駐屯地もまた、装備の多くを失っており、その迎撃能力は著しく低下していた。


「開血解放!」


 神民兵は、叫ぶと魔装騎兵に変身する。

 しかし、神民スキルの限界突破が発動できない。慌てふためく神民兵。

 しかし、限界突破がなくとも、通常の魔物程度であれば、なんとか片がつく。

 裂け目からなだれ込む魔物たちを、魔装騎兵たちは、互いに交代しながら退けていく。


「オニヒトデ隊長! 限界突破が使えません!」

 その言葉に内地にいるカルロスの代わりに駐屯地を任されているオニヒトデの魔装騎兵が怒鳴り声をあげた。

「どういうことだ!」

「もしかして、内地にいるエメラルダ様に何かあったのでは?」

「そんなことは分かってんだよ!」

「えっ! オニヒトデ隊長! 何かご存じなのですか⁉」

「今やエメラルダは騎士じゃなくて国家反逆罪の罪人になったんだよ!」

 エメラルダのことを呼び捨てにするオニヒトデ隊長に少々驚いたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「じゃあ……そのせいで、限界突破が……オニヒトデ隊長、俺たちはどうなるんですか!」

「知るかよ! 大体、話が違うじゃないか!」

 そう、オニヒトデは知っていた。

 エメラルダが第六の騎士から外されることを。

 そして、すぐさま新しい騎士が第六の守護につくことを。


 確かにオニヒトデはエメラルダの神民である。

 だが、エメラルダが騎士でなくなった今、そのエメラルダに忠誠を誓う胸の刻印も消えている。

 ならば、新たに任命された第六の騎士に、神民の刻印をもらえば今まで通り。

 そう、アルダインとは、そういう話になっていたのだ。

 しかも、新たな騎士の補佐役としての隊長に自分を推してくれるというのだ。

 エメラルダが騎士の時には、カルロスがその地位にいた。

 エメラルダに絶対の忠誠を誓うカルロス。

 エメラルダもまたカルロスに絶対の信頼を置いていた。

 そんなカルロスがいる限りオニヒトデの出世はないのである。

 だが、そんなカルロスのことだ、エメラルダが騎士でなくなったからといって、新たな騎士の神民になる訳は絶対にない。

 ならば、その空いた地位に、自分が座る!


 はずだった……


 なのにどうだ……

 限界突破が使えないということは、新たに任命された騎士は今だ神民を作っていないのである。

 騎士が神民を持たないとどうなる?

 それは、門外の聖人世界のフィールドがなくなることを意味するのだ。

 すなわち、この駐屯地は今、魔人世界のフィールド内にあるということを意味する。

 神民魔人たちは神民スキルである魔獣回帰。

 魔人騎士は騎士スキルである騎士の盾を発動できるのだ。

 絶体絶命……

 超絶危険な状態!

 そうならないために、騎士に任命されると同時に、聖人世界のフィールドを維持するだけの神民をすぐさま作るはずなのだ……

 それをしていない……

 ――どういうことだ!

 オニヒトデ隊長は唇をかみしめた。

 ――話が違うじゃないか!

 まさか……

 ――俺はアルダインにまんまとはめられたのか?

 アルダインとは、出世の代わりに第六の騎士の門を乗っ取ることに協力すると約束していた。

 だが、アルダインが直接手を下さなくとも、エメラルダのアホが勝手に自滅したのだ。

 コレで事は成ったと思った……

 だが、アルダインにしてみれば、エメラルダの自滅によって第六の主権は勝手に転がり込んできた。ならばオニヒトデとの約束は成就されていないも同じこと。

 この際にエメラルダの息がかかったものを一掃するつもりなのかもしれない……

 ――くそ アルダイン! この仕打ち! ただでは済まさんぞ!


 だが、ここで負け犬の遠吠えをしたとしてもアルダインには届かない。

 何としてでも内地に帰り、奴に一矢報いたいところである。

 ――今の駐屯地に義理立てしたところで意味はない……ならば、さっさと逃げるに限るか……

 だが、そんな思いも一瞬で崩れ去った。

 城壁の裂け目から魔人騎士ガメルが姿を現したのである。


「ガメル! 貴様! ノコノコと!」

 一人のモブ魔装騎兵が、ガメルに斬りかかる。

 ガメルの体を金色の光が包み、その剣を弾き返す。

 のけぞる魔装騎兵めがけ、ガメルの『凶虫の棍棒』が振り抜かれた。

 吹き飛ぶモブ魔装騎兵。

 壁に打ち付けられ、赤い花を咲かせたその体は胸に大きな窪みを作り折れた肋骨が突き出ていた。さらに、垂れた手足の装甲の隙間からとめどもなく血が流れ落ち、赤い川を作っていた。


「オイルバーンはどこだ!」

 ガメルは残された魔装騎兵たちに怒鳴り声をあげた。


「オイルバーン? お前、キーストーンを奪いに来たのではないのか?」

 オニヒトデを含めた魔装騎兵たちは当然にガメルがキーストーンを奪いに来たものだと思っていた。

 それがいきなりオイルバーンはどこだと聞くのだ。

 一体、オイルバーンとは何なのだ?

 魔装騎兵たちは互いに顔を見合わせオイルバーンなるものを確認しようとしていた。


 その様子を見たガメルは気づく。

 この守備兵たちの反応からみてオイルバーンはこの駐屯地には無いようである。

 もしかして、尾根フジコからガセネタを掴まされたのだろうか。

 いや、ここにないのなら、聖人世界の内側にあるのかもしれない。

 ――ならば、そこまで取りに行くまでよ!

 覚悟を決めたガメルの体を金色の光を放つ球体が包み込んだ。


「騎士の盾か……」

 オニヒトデたち魔装騎兵は後ずさった。

 騎士の盾、それは絶対防壁。

 今のガメルに剣は届くことは決してない。


 聖人世界に行くには、どうしてもキーストーンが必要なのだ。

「オイルバーンが無いのなら! 代わりにキーストーンをもらい受けよう!」

 ガメルが詰める。

 それに合わせるかのように魔装騎兵たちが後ずさる。


「もう、終わりだ! 逃げろ!」

 その様子を見ていた奴隷兵たちは慌てて城門を開けて逃げようとした。

 しかし、門を開けた先には魔物たちがひしめいているではないか。

 とたんに奴隷兵たちの体は反転し駐屯地内へと逃げ帰る。


 一般兵たちも遅れながらも逃げ始めた。

 しかし、奴隷兵が開けた城門には魔物たちがひしめいている。

 ならば駐屯地裏の小さな城門から逃げることができるのでは!と誰かの叫び声に呼応するかのように一斉に走り出した。

 裏の城門を静かに開く。

 だが、そこには神民魔人が一般兵たちを待ち構えていたのだ。

 神民魔人たちは、次々に神民スキル『魔獣回帰』を発動する。

 いまや裏門の前には神民魔人が変身した大型化した魔物たちがひしめいていた。

 しかも、その大型化の魔物たちは知性をもちしゃべる事までできるのだ。

「さあ、食事の時間だ」

 一般兵の悲痛な悲鳴が響きわたっていた。



 神民兵たちも顔を見合わす。

 こんなときにカルロスが居てくれたら。

 戦意を失った魔装騎兵もまた、次々と後退して行く。


「撤退! 撤退! 撤退!」


 駐屯地内に声が響く。

 しかし、二つの城門を開いた駐屯地内は、なだれ込んだ魔物たちにより阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「いっ! いやぁ! 助けて!」


 カリアたちをテントで笑った女奴隷たちもまた、一瞬で頭を失いその場に倒れる。

 その体は、残った心臓の奪いあいのなかで、服が破れ落ち、胸の肉はかみちぎられていった。


「誰……か……」


 カリアのお尻を叩いた女奴隷も、尻から突き込まれた触手が、口から覗いていた。

 女奴隷が白目をむく。


 アガガガ……


 女奴隷の胸が膨らむと、その身にまとう服を破き散らした。

 女の胸が大きく揺れた。

 次の瞬間、一本の触手が女奴隷の胸を突き破り、赤い血しぶきの中に赤き塊を突き上げた。

 赤い塊から、規則よく血が吹き出している。


 ――私の……


 女奴隷が力なくてを伸ばす。

 女奴隷が、それが自分の心臓に触れようとした瞬間、触手が裂け嘲笑うかのように心臓を食らった。

 女奴隷の体が、激しく痙攣する。

 触手が次々と目や鼻などありとあらゆる穴から這い出てくる。

 次第にその触手は伸び、太くなってくる。

 広がる穴が限界を迎えると、次々と女奴隷の体が、割けていった。


 魔物の群れの中を突ききり生き残った男奴隷たちは、走った。

 第六の門に向かってひた走った。

 俺は猿だと笑っていた男も、猿なんかよりももっと無様に走っていた。

 酒を飲み、きたねえ!と笑っていた男たちも、クソやションベンを漏らしながら逃げている。

 次々と仲間たちが消えていく。

 先ほどまで、伴に女の体を肴に酒を酌み交わしていたにもかかわらず、お構い無しであった。


 門まで行けば、助かる!


 次に消えるのが、自分でなければそれで十分であった。


 第六の門にたどり着くと門を大きく叩く。


「開けてくれ!」


 しかし、門は無言であった。

 男たちは、力いっぱいに門を押す。

 しかし、門は動かない。


「どうしてだよ……」

「俺たち何も悪いことしてないじゃないか……」


 男たちは門を叩き泣き叫ぶ。

 男の顔に何か生暖かいものが降り注いだ。

 顔をこすった手を見つめる。

 手は、真っ赤に擦れていた。


 さっきまであった隣の男の頭が消えている。

 血が心臓の鼓動に従い勢いよく吹き出している。


 いつの間に……


 固まる男たち。

 ゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには、よだれを垂らした魔物たちの緑の目が笑っていた。


 駐屯地の内部では、今や数人の魔装騎兵がキーストーンの前で最後の抵抗をしていた。

「ここだけは通さん!」

 もはや状況的にキーストーンの守護など無理であることは彼らにも理解できていた。

 しかし、神民兵の誇りが決して逃げることを許さないのである。

 魔物たちは、魔装騎兵に飛びかかる。

 魔装騎兵たちは、残った最後の力を振り絞り次々と切り伏せていく。


 だが、部屋の小さな入口からガメルが身を屈めて入ってきたではないか。

 

「やはり、来たか……」

 魔装騎兵たちは後ずさる。

 ――どうやっても勝てない……

 しかし、逃げたところで結果は同じである。

「オニヒトデ隊長は?」

「あの人は……真っ先に逃げた……」

「そうか……残るは我々だけということか……」

「こんな時にカルロス隊長がいてくれたら……」

「今はそれを言っても仕方あるまい……カルロス隊長に助けられたこの命! せめて、隊長に誇れるように散って見せようぞ!」

 その言葉にうなずく魔装騎兵たちは再び剣を構えた。

 その剣はピタリとガメルに狙いを定める。

 何も守れない。

 誰も救えない。

 自分たちの最後を伝える者もいない。

 ここまで来ると、ただの犬死によりも、さらにひどい犬死にである。

 もう、彼らの心の拠り所は、ただただ自分たちの誇りを貫くこと以外になかった。

 まさに寂しい覚悟。


「その意気よし!」


 ガメルは両手を広げた。


「ガメル!」


 魔装騎兵たちは一斉にガメルへと、剣を突きつける。

 しかし、やはり金色の光によって弾かれ、剣は無残に砕け散る。


「勇敢なる者の達よ。さらば!」


 ガメルのこん棒が、一瞬で目の前の魔装騎兵たちをなぎはらった。

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