第346話 ショッピングバトル!(2)

「お邪魔しマンにゃん! にゃん! にゃぁ~ん!」

 大空洞の入り口の先から少々太り気味の男が猫なで声とともに姿を現した。


 だが、舌ったらずの猫なで声とは裏腹に、その男の姿は豚そのもの。

 頬などは肉まんのようにパンパンに膨らんで、その上にあると思われる目を強く押しつぶしている始末。

 そのため、押しつぶされた目は真一文字に伸びて、すでに見開いているのか、閉じているのか全く分からない状態であった。


 もしかしたら、意外とこの男、自分の体形を気にしているのかもしれない。

 というのも、身を包む服は異常なまでにだぼだぼで、ズボンのすそなどナメクジのように引きずって歩いているのだ。

 よほど腕先の布も余っているのだろう。

 互いに袖先に左右の手の先を突っ込んでも、まだまだたるみが残っていた。


 しかし、そんな服装よりも、先ほどから気になるのが頭である。

 本来このシチュエーションなら、某アニメ番組のラーメン男のように弁髪べんはつの三つ編みがしっくりくる。

 だが、男の頭は、そこら辺にいる男性のような角刈りなのだ。


 確かに角刈り。

 おかしくはない。

 おかしくはないのだが……


 なぜ、その上に猫耳をつけているのだろうか?

 その男を眺める皆は、おそらく同じようなことを思っていたに違いない。


 そのネコミミ男に続いて、洞窟の入り口から屈強な男たちが荷車を引いて続いて入ってきた。


 それを見た女たちの黄色い悲鳴が、洞窟の高い天井に反響した。

「キターーーーーーー!」


 女たちは我先にお値打ち品を手に取ろうと、一斉にネコミミオッサンの元へと走り寄っていった。

 それはまるで、出待ちで出てきたアイドルに一斉に駆け寄ろうとする女の子たち。

 いや、どちらかと言うとアフリカ大陸を一心不乱に駆け抜けるヌーの群れであった。

 いやぁ! オッサン、モテモテ! って、違うか……


 だが、それを良しとしない男が一人いた。

 そう、それこそこの物語の主人公タカト君である。

 豚のような猫耳オッサンが女の子たちにもみくちゃにされるのなら、俺だってもみくちゃにされたっておかしくはない。

 というか、俺をお前たちのオッパイでもみくちゃにしろぉぉぉぉ!

 という事で、タカト君、突然、女たちの前に立ちふさがって、両の手を大きく広げた。


「まてぇぇぇい!」

 タカトの声が、女たちの突進を妨げる。


「何よ!」

「邪魔よ!」

「どきなさいよ!」

 お楽しみを邪魔された女たちの目は三角に吊り上がり、タカトを大きな声で罵り始めた。


 その勢いに一瞬たじろぐタカト君。

 このままではオッパイにもみくちゃにされるどころか、ボコにされかねない。

 ここは作戦変更!


「焦っている時ほど! 落ち着いて! コレ、非常時の常識!」

 意外とタカト君、言っていることはまともである。

 確かに、この小門の洞窟、いくら岩肌を滑らないように整備したとはいえ、数多くの女たちがわき目もふらずに商人隊の運んできた荷物へと突進したならば、きっと何人かは、転んで大けがをしていたことであろう。

 それを未然に防いだタカトの姿。


 そんなタカトの気づかいを感じとったのか、何人かの女たちはタカトの意見に同意し始めた。

 「そうよ、こういう時こそ、みんな落ち着いて行動しなきゃ!」

 「そうよね。私もどうかしてたわ」


 ウン! ウン! それでいいのだ!

 そんな姿を見るタカトは満足そうにうなずいていた。


「みんなが一斉に集まるところに、危険なものがあったらみんながケガしてしまうだろ?」

 さらに気づかいを見せるタカト君 さすが!


「だから、俺が安全かどうかを先に確認してやるよ! 安心しな俺は持ってきた荷にには全く興味ないから」

 女たちの目がほんの少しだけタカトを見直しているのが分かった。


「よし! ここに一列に並べ! そして胸を突き出せ!」

 ウン……? 途中から意味が分からないぞ?

 女たちの目が、尊敬の色から侮蔑の色へと変わっていった。


「不審物を持っていないかどうかを、俺がおっぱいを触って確かめてやる! 感謝しろ!」

 完全に嫌悪の視線を向ける女たちが自分の胸をしっかりと隠し、タカトとの距離をとっていく。


 だが、すでに顔面がだらしなく緩んでいるタカト君は両の手の指をくねらせらながら、女たちとの距離をじりじりと詰めていくではないか。

 ――イヒヒヒヒ! どの子から行きますか!

 

 タカトが一歩踏み出すたびに、女たちの群れもまた一歩後ろへと下がる。

 先ほどまでのバーゲンセールに駆け付けるような喧騒は嘘のように静まり返っていた。


清浄寂滅扇しょうじょうじゃくめつせん!」

 突然張り上げられた大きな叫び声。

 タカトの頭上にビン子の体が舞い上がっていた。


 ハリセンを上段に掲げたその体が弓の様に反り返ると、お腹のシャツの裾がひらりと翻る。

 そんな隙間からビン子の可愛いおヘソが見えていたが、今のタカト君にはそれを楽しむ余裕は全くなかった。


 というのも、ビン子の引き絞られた背筋の反動を使って、両の手にしっかりと握りしめられたハリセンが一気にタカトの頭上に叩き落ちとされたのであった。


 ビシッ!

 大空洞の中にひときわ大きなハリセンの音が響いた。


 ハリセンに弾き飛ばされたタカトの体が、仰向けに弧を描いて頭から落ちていく。

 下は洞穴の硬い岩肌である。

 そんな岩肌にタカトは頭から突っ込もうとしていた。


 ノーガード!

 というのもタカトの目はすでに白目をむき、生気の輝きが消え去っていた。

 先ほどまでいやらしく垂れていたよだれは、タカトの体に付き従うかのように黒い空間に白き放物線を描いていた。

 だが、最後の抵抗だろうか、今だにいやらしく動く両手の指先。

 その指先が、つかむことができなかったオッパイの代わりに、洞穴内の暗い空間をワシワシと揉みしだいていた。


 どシーン!

 激しい音ともに頭から洞穴の岩肌に突っ込んだタカト。

 頭に二つのたんこぶ。

 おそらくおでこのものはビン子にしばかれたものだろう。

 そして、後頭部のそれは、先ほど地面にしたたかにぶつけたもの。

 まるでオッパイのような二つの大きなたんこぶを作ったタカトは、ついに地面の上で静かに動かなくなった。


 ハリセンを振りぬいたビン子はタカトの傍らに目を閉じて膝まづいていた。

 その姿は攻撃を加えた後もとる静かな構え。

 まさに残心!


 仰向くタカトの口からは、まるで白い魂が満足げに抜け出していくではないか。

 おそらく、自らがオッパイを手に入れたことに満足したのだろう。

 白い魂は、そのまま暗い洞穴の天井に向かって消えていった。


 ちーん! 合唱!


 ――決まった!

 うつむく真顔のビン子ちゃん

 これはちょっとカッコイイかも!


 って思ったけれど……

 ビン子の口角が徐々に徐々にとにやにやとゆるんでいった。


「私もついに、新スキルをゲットしたわ!」

 ビン子も、遂にハリセンマスターとしてハリセンスキルを手に入れたようである。


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