第580話 もう一度! ジェットストリームアタックだ!

 話は第七駐屯地、モーブがアイナの衝撃波によって血まみれになっていた時に戻る。


 一之祐がキーストーンを安置している地下室へと駆け込んでくると、モーブを見るや否や大声を上げた。

「これは、どういうことだモーブ!」


 そんな慌てた様子の一之祐を見上げるモーブの顔はなぜか笑みを浮かべていた。

「おぉ……一之祐か……大丈夫……大丈夫」

 おそらくモーブ本人は気づいていないのだろうが、その顔面は血まみれ。

 というか、いまだに目や鼻などといった穴という穴から血が噴き出しているではないか。

 この様子をどう見れば大丈夫だと言えるのだろう?


 おそらく一之祐に心配をかけさせまいと、いつものおちゃらけた調子で出迎えようとしていたのだ。

 そんなモーブはさも何事も無いかのよう己が体を支えている守備兵たちの腕を振り払い一人で立ち上がろうとする。

 だが、足は震えて言うことを聞きやしない。

 膝に力を入れ懸命に踏ん張るものの、すぐに砕けて腰が落ちてしまうのだ。

「あれ……おかしいなぁ……」


 おそらく内臓もズタボロなのだろう……

 先ほどからモーブがせき込むたびに口を押えた手の隙間から血が飛び散っていた。


 血まみれのモーブ。

 この笑みは単なるやせ我慢……

 ――こいつの悪い癖だ……

 この笑い……わずかに残された力によって作られたにわか笑いであることは、一之祐にはよく分かっていた。


 ――どうする……このままでは……

 モーブの前に立つ一之祐の表情がどんどんと険しくなっていく。


 そう、ココは第七駐屯地。

 部外者である第八騎士の不死性は発動されない。

 すなわち、今のモーブは普通の人間と同じなのだ。


 ――このままではモーブは死ぬ……

 一之祐の頭に最悪の考えがよぎった。


 だが、それだけは避けたい。

 いや、避けなければならないのだ。

 ――なら、どうすればいい……


 モーブは騎士。であれば、簡単な事ではないか。

 そう、融合国の内地までモーブを連れていけば済むことなのだ。

 内地では騎士の力が発動する。すなわち、モーブ自身の不死性が発動されるのである。

 なら、モーブが死ぬことはありえない。


 だが、内地に着くまでモーブの体が持つのか?

 この駐屯地から融合国につながる第七の騎士の門までは距離がある。

 いかに聖人国のフィールドとはいえ、いつ魔物が襲って来るとも限らない。

 モーブを連れていくのがただの守備兵たちでは共に食われかねないだろう。

 ――なら、俺自身が! 俺の手で!


 一之祐はモーブの腕を自分の肩に回しながら周りの守備兵たちに命令した。

「俺のラクダを正門前に引いておけ!」

 その声に呼応するかのように、兵たちが素早く動き出す。


「モーブ! 今から内地へと走る! それまでくたばるなよ!」

「一之祐にまで世話になるとは、やっぱりワシも年取ったなぁ……」

「しゃべるな!」

「ワシも、史内と同じように騎士を引退する時期かな……」

「黙っていろと言っただろうが!」


 モーブを背負った一之祐の表情は厳しいものであった。

 今、モーブを失えば完全なる不死を求めるアルダインを抑えるくさびがなくなってしまう。

 それはおそらく融合国の荒廃を意味するのだろう。

 だが、今の一之祐にそんなことを考える余裕など全くなかった。

 ただただ、自分の師であるモーブを救いたい。その一念であったのだ。


 ついに暗い廊下から、そんな一之祐の体が松明で照らしだされた夜の広場へとかけ出した。

 その時である。


 ケケケッケケケ!

 気味の悪い笑い声を伴い男の影が一之祐へと突っ込んでくるではないか!


 とっさに腰に手をやる一之祐。

 ――ちっ!

 だが、そこにあるはずの白竜の剣がなかったのである。

 そう、モーブがキーストーンを叩き割ることに失敗した際に床に落とした白竜の剣を拾ってくることまで気が回らなかったのだ。


 しかし……

 ――なんだ! この違和感は……

 闇の中を高速移動する男の体が柳のように揺れるたびに一之祐の目には残像が残っていた。


 ――二人? ……いや三人か!

 突っ込んでくる男の背後に二人の男が付き従い、先頭の男の動きにピタリと合わせているのだ。

 しかし、その動作にわずかな誤差が生まれていた。

 どうやらそれが、一之祐の目に残像として認識されたようである。


 だが、一之祐の違和感の正体はこれだけではなかった。

 一之祐の攻撃を警戒するかのように横へとスライドする影たち。

 その影に付き従っていくかのようにたなびき流れていく緑光の軌跡。

 それはまるで車のヘッドライトのように闇の中へと二条の線を引いていく。

 その光線は男達の目の輝きの跡。

 先ほどのアイナの目と同じように魔の光をやどした三対の緑の目であった。

 ――魔人か? いや、違う……こいつらは!

 黒い三年生! キメれン組!


 緑の目をしたキメれン組は急に向きを変えると、今度は一之祐へと一直線に突っ込んだ。

「キメれ~んフラッシュ!」

 叫び声と共に先頭のガイヤが前髪をさっとかき上げる。


 その刹那、一之祐の視界が白色に変わった。

 ――ちっ! 目くらましか!

 咄嗟に一之祐は顔を背けた。


「オホホホホホ」

 それを見越していたのか、背後の一人が先頭を走るガイヤの頭上を飛び越えて一之祐へと襲い掛かってきたではないか。


 そのわずかな気配を感じ取る一之祐。

「思ったより素早いな……だが、それでも遅い!」

 ――神速!

 瞬間、一之祐の姿が消えた。


 一之祐の体はまっすぐに正門を目指し疾走する。

 だが、その線上には上空から襲い掛かろうとするオレテガの姿。

「じゃまだぁぁぁぁあ! そこをどけぇぇぇぇ!」

 振り上げた一之祐の左拳が金色の光をまとっていた。


 ぶちゅぅぅぅぅぅ!

 タラコのような分厚いオレテガの唇から不気味な音が漏れていた。

 一之祐の手の平から広がった光の壁にヤモリのようにピタリと張り付くオレテガ。

 そんなオレテガの口がタコのようにとんがり、光の壁に吸い付いたのである。


 だが、一之祐はそんなことに構いもせずに、騎士の盾ごとオレテガの体を押し返す。

 しかし、前方には前髪をかき上げたガイヤが突っ込んできていた。


 ――どいつもこいつも、うっとおしい!

 門への最短距離を走ろうとする一之祐の体は、モーブの巨体を背負ったまま大きく前方へとはね跳んだ。


「俺の頭を踏み台にしたヤァァァァ」

 先頭を走るガイヤの頭を一之祐の足が踏みつける。


 そして、一之祐がそのままガイヤの後方へと大きく跳ねたときである。

 最後に付き従っていたマッシュが、フェイントをかけながら一之祐めがけて突っ込んできたのだ。

「トランザブ!」

 マッシュは手に持つ洗剤のザブを一之祐めがけて振りまいた!


 ――チッ! 拡散攻撃か!

 攻撃そのものは大したことはない……が、目に入ると水ですぐに洗わないと大変なことになってしまう!

 しかし、この宙に浮いた姿勢では体の方向を変えることはままならない。

 しかも、背中にはモーブもいるのだ。


 そんなモーブを気にする一之祐。

 ――やはり防がないとまずいよな……

 だが、騎士の盾で飛び散る洗剤を防ごうにも左手が放つ光の壁にはいまだにオレテガが引っ付いていたのだ。

 動かそうとしてもこのオカマ、意外に重い!


 ――ならば!

 一之祐はモーブを支えていた右手を咄嗟に放すと前へと突き出した。

 今度は、その右手が金色の光を放った。


 絶対防壁多重展開!


 通常、騎士は自分が持つ騎士の盾を一つしか展開することができない。

 だが、一之祐は、そんな騎士の盾を同時に二つも展開できたのである。

 攻撃一辺倒だと思われた一之祐にこんな防御技があるとは思いもしなかった。

 というか、そもそも絶対防壁なんだから二つは要らないだろが!


 だが、一之祐の騎士の盾は全身を覆うには小さすぎたのだ。

 そう、騎士の盾は神民の生気を糧とする。

 使えば使うほど一之祐の神民たちの命を削ることになるのである。

 限界ギリギリにまで絞られた一之祐の盾は、それはまるで小さな丸盾のバックラー。


 そんな右手の盾を一気に振りぬき、降りかかる洗剤を払いのけた。


 だが、一之祐の背から支えを失ったモーブの体がずり落ちる。

 今のモーブには一之祐の首にしがみつくだけの力が残っていなかったのである。


 それを見たマッシュはにやりと笑う。

「そのまま地面に叩きつけるシュ!」

 その言葉を合図にするかのようにガイヤとオレテガの体が反転し、落ちゆくモーブに向かって飛びかかっていた。


 ――くそっ!

 背後を伺う一之祐は焦った。

 というのも、宙に浮いた体を反転させようにも踏み込む場所がないのだ。

 地面まで、あと、コンマ数秒!

 地に足さえつけば体を切り返すことが可能になる。


 ――だが、それでは間に合わん!









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