第212話 誰がための光(1)

「投石車!」

 落下するコウケンは叫ぶ。

 落下地点には投石車。

 その投石車に飛び乗るというのか。

 いや、このままだと投石車ごと砕け散る。

 しかし、老兵たちはコウケンを信じる。あいつは嘘つきだが、ここぞという時は嘘は言わない。

 老兵たちは投石車の腕を引き絞る。


奉身炎舞 舞ノ型竜飛鳳舞ほうしんえんぶ まいのかたりゅうひほうぶ!」

 コウケンの体を龍のような覇気が覆った。

 くるりと回ったコウケンの体は、ドゴンと言う大きな音と共に、投石車の発射台へと足をつく。

 その衝撃に投石車の台車が勢いよく弾む。

 投石車の狙いが一瞬、上空の魔人をとらえる。

「今だ!」

 老兵の言葉と共に、投石車がさらに弾んだ。

 その衝撃で地にぶつかる投石車の車輪が砕けちる。

 バン!

 音と共にコウケンの体は再び天空へと放たれた。

 天に昇る龍の覇気。

 龍は魔人たちを食らい尽くすかのように荒ぶった。


 だが、既に魔人たちも落ち着きを取り戻していた。

 要は投石車ではね上げているだけ。

 まっすぐに上空にしか上がれないのである。

 タネさえわかれば、大したことではない。

 魔人たちは、コウケンめがけて降下する。


 しかし、コウケンめがけて降下する一体の魔人の体が動きを止めた。

 コウケンの拳が魔人の胴体を貫いていたのだ。

 浮力を失う魔人の体。

 それと共に落下するコウケン

 すでにその体には、投石車で発射された勢いはない。

 後は落ちるだけ……


「チャンスだ!」

「奴は身動きがとれない!」

 魔人たちが一斉にコウケンへと襲い掛かる。


 しかし、右親指で下唇をなぞるコウケンの口角は上がった。

「さて、弟たちの手前、負けるわけにはいきませんね。全力で行かせてもらいます!」


 落ちゆく魔人の体を踏み台として、コウケンの体が弾んだ。

 次の魔人へと一直線。

 コウケンの回し蹴りが魔人の頭を砕き割る。


 なぜだ……

 再び唖然とする魔人たち。

 ココは空……俺たちの空のはず……

 自分たちの空で、人間ごときに不覚を取るなどあってはならない。

 魔人たちの表情が変わった。


 角度を変え、次の魔人めがけて飛行するコウケンの体。

 魔人は咄嗟にそのコウケンの軌道から身をそらした。

 空を飛べないコウケンは、魔人の体を踏み台にして飛んでいる。

 よけてしまえば、ヤツのその先は空虚な空のみ。

 後は単に落ちていくだけのことである。

 そして、残念なことに、その軌道の先には帰り着く城壁はもうすでにない。

 ――勝った……

 魔人は、不遜な笑みを浮かべ振り返った。


 しかし、そこにはコウケンの顔が。

 ――なんだと……?

 はるか彼方に飛んでいったはずの男が、なんでこんな間近にいるというのだ。

 ――まさか!?飛べるというのか?

 答えを知ることなく魔人の顔は吹き飛んだ。


 足の踏み場を失ったコウケンは、体をひるがえす。

 そして、青く輝く空に向かって両足で蹴りを突き入れる。

「はぁぁぁぁぁぁ!嚆矢濫觴こうしらんしょう!」

 そう、何もない空間を力いっぱい蹴り込んだのだ。

 両足から、空気の塊が甲高い音を立てながら勢いよく打ち出された。

 その瞬間、コウテンの体は反発する。

 跳ね返るかのように、先の魔物向けて戻っていった。

 そう、コウケンは遠当ての原理で、足を使い、自分の体を弾いていた。

 その姿は、鳳が空を舞うかのように自由に。


 しかし、この荒業、生気の消費が異常に激しい。当然と言えば当然のことか。

 空いた竹筒が一本落ちていく。


 バラバラと魔人たちが、潰されたガのように落ちてゆく。

 竹筒もまた、一本落ちた。


 ――あと、4匹! 

 最後の竹筒を飲み干す。

 コウケンの竜の覇気が膨らんだ。


「さぁ、行こうか!」


 コウケンが歯を食いしばる。

 どれだ体を酷使しているのであろうか。

 目から血の涙が流れ出す。

 生きて帰るつもりなど、そもそも最初から有りはしないない。

 コウケンの視界が赤くかすみゆく。

 もやは、体は限界か……

 また、魔人の胴に穴が開く。


 ――あと、3匹!


 コウケンの回し蹴りが魔人の首を狙う。

 しかし、ぼやけた視界ではすでに魔人の姿がはっきりと見えぬ。

 すんでのとこでかわす魔人。

 魔人の組んだ両手がコウケンの背中を叩きつぶした。

 ぐはっ!

 一直線に地面へと落ちていく。

 魔人との混戦で少々遠くに飛びすぎた。

 もうすでに城壁から遠く離れてしまっていた。

 落ちゆくコウケンの眼前はもはや一面の砂の海。

 みるみると地面が近づいてくる。

 遠のくコウケンの意識。

 コウケンの奥歯がミシミシと音を立て砕けていった。


「龍よ!我が魂魄まで食らい尽くせ!」


 コウケンを包む龍の気が爆発した。

 着地と共に周りの空気が打ち震える。

 大きな衝撃波が周りの砂地を吹き飛ばす。

 だが、その音よりも早く、コウケンの体は跳ねあがる。


 コウケンの膝が魔人の顎を砕き割る。


 ――ちっ……あと、二匹か……

 後ろに反り返ったコウケンの体が、力なくそのまま落下し始めた。

 先ほどの一撃が最後の力だったのだろうか。

 もう、力など全く残ってなどいやしない。

 燃え尽きた命。

 頭からまっすぐに落ちていく。


「馬鹿が! ついに力尽きたか!」

 一匹の魔人が上空より急降下する。


 ドボッ!

 次の瞬間、上空に血花火が咲きほこる。

 おおきな花火はゆっくりと尾を引きながら落ちてゆく。

 コウケンの胸を魔人の腕が貫いていた。

 ぐはぁ!

 反動するコウケンの口から血反吐が舞い散った。


 大きく見開かれるコウケンの瞳

 そこにはコウエン、コウセン、コウテンの兄弟たちの笑顔が浮かぶ。

 ――お前たち……

 力なきコウケンの手がその笑顔へと伸びる。


 だがしかし、コウケンの手はその向きを急に変えた。

 微笑む兄弟達の手ではなく、自らを貫く魔人の腕をつかんだのだ。

 最後の力を振りしぼり、魔人の腕に力を込める。


「離せ! このバカ! この高さから落ちたら、俺でも死ぬだろうが!」

 力なく笑うコウケン。

 ――すまない……一匹取りこぼした。兄貴、失格だな……


 ドゴオォぉぉん!

 大きな衝撃音と共に砂漠に大きな砂煙が舞い上がる。

 砂埃が収まった後には、飛び散った肉片が砂の中からところどころ覗いていた。

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