第220話 終結!神民街人魔騒動(2)

 もし仮に、コウテンが無謀な作戦を提案していなかったらどうなるのであったのだろうか。

 もし仮に、一之祐が、体を限界まで酷使して、ハトネンの騎士の盾を削り続けていなかったらどうなっていたのであろうか。

 そう、ココからのお話しは、第七の門内でも起こりえたお話しである。


 深い渓谷の間の道を魔装騎兵の一団がひた走る。

 ココは深い深い渓谷が続く世界。

 そう、第五の騎士の門内である。


 第五の騎士アグネスは、セオリー通りキーストーンを持って、融合国に通じる騎士の門近くへと撤退を始めた。


 渓谷に従い蛇行する魔装騎兵の足が止まった。

 谷の前方に黒い影。

 目の前にたちふさがる神民魔人たちである。

 敵の神民魔人の部隊が退路を断つべく道をふさいでいる。

 崖に遮られた一本道。

 迂回するにも道がない。

 目の前の敵を避けるなら今来た道を引き返すしかありえない。

 しかし、後方からは、敵の追撃部隊が迫っていた。

 ならば、目の前の敵を引き裂いて、活路を見出すしかありえまい。

 アグネスがキーストーンを脇に抱え直し、槍を構える。


「ここが踏ん張りどころ! お前たちは後方の追撃部隊に備えよ!」

 アグネスが目の前の神民魔人の部隊に単騎で突っ込む。

 一斉に跳びかかる魔人たち。

 しかし、魔人たちの体は光の壁によって弾かれた。

 そして、大きく広がる光の球は、崖の間に魔人の体を押しつぶす。

 ココは聖人国のフィールド内。

 騎士であるアグネスの方に分があった。

 騎士の盾から離れる魔人たち。

 うなり声を上げ威嚇する。


 魔神たちを前にアグネスは長槍をくるりと回し、構えた。

 引絞られる長い槍。

「受けてみよ我が力! 『凄愴流涕せいそうりゅうてい』!」

 アグネスの槍先が姿を消した。

 いや、消えたのではない。その刺突のスピードで目でとらえることができなくなったのだ。

 魔人の体が次々と貫かれていく。

 噴き出す魔血がまるで激しい痛みに悲しみ涙を流すよかのように落ちていく。

 確かに強い。

 片手で戦う女に、神民魔人たちは手も出ない。

 その上に、騎士の盾がアグネスの身を守る。


 しかし、ここは崖に挟まれた細い狭路。

 間延びする魔人たちの隊列

 アグネスの槍がいかに無双であったとしても、一体一体では、時間がかかる。


 叫び声が渓谷にこだまする。

 しかし、その声は目の前の神民魔人共のものではない。

 どうやら人間のものである。それも、アグネスの遥か後方。

 とうとう、魔装騎兵の最後尾に魔人たちの追撃部隊が追いついたようだ。

 前の神民魔人に後方の魔人部隊。

 挟撃にあったアグネスの部隊は混乱に陥った。


 怒号が飛びかう峡谷で、アグネスの馬が立ち上がる。

「落ち着け!」

 アグネスは叫ぶ!

 槍を引き、辺りを見回すが、その声は後方には届かない。

 このままでは全滅は必至。

 内地の神民街が瀕死に陥り、ここでまた魔装騎兵たる神民兵を失えば、アグネスの持つ神民数は激減する。

 神民の命を糧とするアグネスの騎士の盾もそう長くはもつまい。

 ならば、少しでも可能性がある方法を……

 アグネスは馬の頭をひるがえす。

 神民兵の間を走りなけながら檄を飛ばす。


「お前たちは、前方の神民魔人に突っ込め!そして、そのまま、騎士の門へと走るのだ! いいか! 一人でも多く! 少しでも早く! あきらめることなくひた走れ!」

 言い残したアグネスは、後方の追撃部隊へと突っ込んだ。

 魔人たちの悲痛の悲鳴がこだまする。


 神民魔人たちの前方を塞いでいた邪魔な騎士の盾がなくなった。

 緑の目が雄たけびをあげて突っ込んだ。

 魔装騎兵たちも負けずと雄たけびをはりあげる。

 渓谷の中で激しく争う音と悲鳴が混ざり合う。

 けたたましい金属音と怒号が高い崖に跳ね返る。

 薄らと白く漂う淡い霧が、徐々に血煙で赤く染まっていった。

 その血は魔装騎兵たちのものであろうか。

 それとも神民魔人たちの物なのだろうか。

 もう、入り乱れた戦場では、そんなことを確かめるすべはなかった。


 峡谷のはるか後方の彼方にそびえる丘の上。

 その丘の上に紫の塊がのっている。

 まさに紫のウ●コ。

 そのウ●コ、丘の上にのっているのではない。一応、椅子に腰かけているようだが、その垂れ落ちる脂肪が椅子の足を隠しているのであった。

 その体には、申し訳なさそうに、ブラジャーとスカートらしきモノをまとっているものの、既に、その機能は果たしていない。

 衣服の間から胸らしき塊が垂れ落ち揺れている。

 と言うことは、この塊は女性なのか……

 そう、この紫の塊は、魔人国の第五の騎士シウボマであった。


 後方に控える神民魔人ムスビルが声をかける。

「シウボマ様、今がチャンスかと思われます」

「面倒くさいわね……」

 シウボマは大儀そうに側に控える三頭蛇のグレストールの一つの頭をなでていた。


「キーストーンなんて奪って何の役に立つのよ。それで痩せられるというのなら、やる気は出るけどね……たかが石」

「そうはおっしゃいますが、ガメルさまはすでにキーストーンを奪っております。これに続くのが騎士の役割かと存じますが」

「だったら、キーストーンを奪ったら私は更に美しくなることができるのか?」

「そういう訳では……」

「でしょ。騎士の役割なんて別にいいのよ。とにかく、妹のスルボマより美しければそれでいいのよ」

「では、いかがいたしましょうか……」

「私はお菓子の時間だから、適当にやっといて!」

「分かりました」

 頭を下げるムスピルの禿げあがった額がプルプルと震えている。

 ――このヘドロ女が! そんなに食ってるからデブるんだよ!

 人間世界でも、魔物世界でも中間管理職は辛いようである。

 頑張れ!


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