第299話 恐るべし、ピンクのおっさん!

「花天月地!」

 ソフィアの赤き魔装装甲に闘気が渦を巻くように集まりだした。

 彼女が持つ二振り剣が躍るように舞い始めると、闘気の残影を引いていく。


 身構えるカルロスとピンクのオッサンの間をソフィアの体が軽やかに流れては、踊るようにひるがえっていた。


 ネルは一瞬目を奪われた。

 動けぬネルの視界には、ソフィアの剣舞がどんどんと大きくなってくるのが分かった。

 徐々に近づくソフィアの剣先。


 遂にネルの眼前、もう、ソフィアの剣の間合いに入っている。

 だが、ネルは動けない。

 ――死ぬ!

 一瞬、ネルの脳裏にアルテラの笑顔が浮かんだ。

 ――アルテラのためにも、ここで私は死ぬわけには!

 長剣の束に力を籠める。


 だが、次の瞬間、ソフィアの視界からネルの姿が消えた。

 いや消えたのではない。眼前にあったソフィアの姿がネルから勢いよく離れて小さくなっていくのだ。


 ソフィアはネルの直前で、鳥の羽ばたきのように二振りの剣を大きく降りぬいていた。

 それと同時に舞を終えた後の挨拶かのようにスッとその場に静かに膝まづいたのである。


 そう、ソフィアが最後にはなった十文字の斬撃によって、ネルは大きく後方に弾き飛ばされていた。


 ガハッ!

 体中から血しぶきをまき散らしのけぞるネル。

 そして、またカルロスとピンクのおっさんも血しぶきを上げていた。

 ソフィアの演舞の終幕は観客達の歓声ではなく、カルロス達の悲鳴で幕を閉じたのであった。


 亀の魔装装甲をまとうカルロスは一瞬意味が分からかった。

 ――いったい何が起こったのだ?

 黒き魔装装甲の継ぎ目からおびただしい血を噴き出しながらひざまずいた。

 ――い、いつの間に……

 背後に膝をつくソフィアの姿を確認するカルロスの視界が、どんどんと色を失い沈んでいった。


 だが、誰よりも状態がひどいのは、ピンクのオッサンであった。

 身を守る装甲を持たぬオッサンは、ソフィアの斬撃を、その身で直に受けていたのだ。


 身にまとうピンクのドレスが無数の斬撃によって裂け目をのぞかせていた。

 いや、ピンクのドレスと言うより、すでに深紅のドレスと言った方がいいだろう。

 レースが付いたミニスカートは、もはやマイクロミニスカート。

 オッサンのむさくるしい尻を丸出しにしているではないか。


 だが、ピンクのオッサンは倒れない。

 がっしりとした両腕で頭を守り、腰を落として耐え抜いていた。

 しかも、悲鳴一つ上げずにである。


 そんなピンクのオッサンを流し目で確認したソフィアが舌を打った。

 ――チッ! あの不細工……無駄にしぶとい……


 突然、立ち上がったソフィアは、振り向きざまに勢いよく剣を振りぬいた。

「死にな! このゲテモノがぁ!」


 だが、その剣先はピンクのオッサンの手前でピタリと止まった。


 血まみれのオッサンの手が、ソフィアの剣の刃を力強く握りこんでいたのだ。

 刃が深く食い込んだ拳の隙間からは、当然のように血が流れ落ちていた。


 瞬時にソフィアは叫ぶ!

「私の剣に触るな、この不細工が!」

 残った片方の白刃を、オッサンの頭上めがけて振り落とした。


 しかし、その剣も、オッサンの額を前にしてピタリと止まった。

 またもや、オッサンの手がソフィアの剣を掴んでいたのだ。


 二つの剣を共に掴まれたソフィアの腕はピクリとも動かない。

「クソ! このゲテモノが! 離せ!」

 ソフィアは両腕に力を込めるが、全く持って動かない。

 二つの剣の剣先が小刻みに揺れ動くたびに、おっさんの拳から血しぶきが舞い散っていた。


「ワタジは、ゲテモノじゃない!」

 オッサンが、かみしめるようにつぶやいた。


「ワタジは、ゼレスディーノさまのこいびとよぉぉぉぉ!」

 叫び声とともに、オッサンの額が背後へと大きく反り返った。


 そして限界にまで引き絞られた背筋は、まるで弓をはじくかのように、おっさんの硬い額を撃ち出した。


 ガキィぃぃぃぃン!

 ものすごい金属音とともにソフィアの魔装装甲が砕け散っていた。


 のけぞるソフィアの頭。

 オッサンの頭突きの直撃を受けたソフィアの顔面が、そのすさまじい勢いを受けて背後へと跳ねとんだ。

 だが、体は飛んでいかない。

 いや、いけないのだ。

 おっさんに剣を掴まれているがゆえに、頭とともに飛んでいけないのである。

 そんなソフィアの腕が限界まで伸びきると、今度は激しい反動で頭が跳ね返った。

 だが、つぶれたはなから飛び散る無数の鼻血だけは、その勢いのままに背後の暗闇へと飛び去っていった。


 おっさんが剣を放すと同時に崩れ落ちていく赤き魔装装甲。

 すでに、その割れた装甲から覗く瞳孔は無気力に開ききっていた。

 どうやらこの女、意識を失っているようである。


 恐るべし、ピンクのおっさん!


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