第341話 小門の楽園(5)
この小門の中は、洞穴で何もない。
大きなホールの天井から差し込む日の光が唯一の安らぎである。
そんな閉塞された洞穴の生活をスラムの住人たちが送っていれば、当然、体調を崩すものもあらわれた。
しかし、小門にはエメラルダがいた。
エメラルダは、ココにある魔物の素材や、わずかな食べ物から、薬を調合して、スラムの人たちに飲ませていった。
その薬を飲んだ住人たちの体調は、たちまち回復する。
それもそのはず、エメラルダは、この国随一の薬の調合士なのであるから。
そのうえさらに、医者であるガンエンもいるのだ。少々の病気やケガなら、国内の病院よりも手厚い治療が受けられたほどだ。
スラムの人間たちは、徐々にエメラルダと打ち解けた。
そもそもエメラルダが罪人だから距離が有ったというわけではない。
スラムの人間にとって、罪人など忌避する対象ではないのである。なぜなら、自分たちも同類の存在なのだから。
だが、エメラルダは、知らない人がいないほど有名人。そう、元・第六の騎士様である。
元ととはいえ、騎士であったものが自分たち罪人などと一緒に生活をしようとしているのである。
騎士と言えば王に次ぐ存在。
スラムの住人達など、一緒の空気を吸うことすら嫌悪する。そのように今まで、自分たちを蔑んできた身分なのである。
そのため、住人たちは、自然と、エメラルダを避けていた。
しかし、エメラルダの献身的な治療を受けるにつれ、それは、自分たちの勘違いであったと徐々に皆、思い始めた。
――この人は違う。
――この人は、元からこういう人なのだ。
徐々に、スラムの住人たちは、エメラルダに微笑みかけるようになってきた。
その笑みにこたえるかのように、エメラルダもまた、微笑みが多くなってきた。
だが、エメラルダが、このように前向きになれたのも、全てタカトの思い付きとその治療のおかげである。
おそらく、胸を失い、顔に罪人の焼け跡を残したままでは、いつまでも、その恐怖にとらわれていたことだろう。
だが、治療されたとはいえ、今でも、エメラルダは、男が怖い。
それが、スラムの住人、万命寺の僧であっても、男が手を差しのばすと、体が緊張し動けなくなる。そして、体の奥底から沸き起こる震えに襲われるのである。
もしかしたら、エメラルダの笑みは、自らを奮い立たせるために自分に向けた笑みなのかもしれない。
だが、それでも、自分の足で立つことを選んだエメラルダを、カルロスは誇らしく思っていた。
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