第203話 想いを掴むもの(6)

 ほほ笑む真音子は、セレスティーノの剣劇を舞うように避けていた。

 しかし、その真音子の目にはっきりと映った。

 紙袋の男が、血液を飲み干すところが。


「ダメだ! イサク! それ以上、開血解放を続けるな! 全開放を解け!」

 イサクと呼ばれた紙袋の男に駆け寄ろうとする。

 しかし、セレスティーノの剣が邪魔をする。


「クソ! 邪魔じゃ! どけクソが!」

「レディが、そのような汚い言葉を発するのは感心しませんね」


 避けるだけではどうしようもないことは、真音子自身も分かっていた。

 しかし、頼みの綱のイサクも、オオカミの魔人にてこずっている。

 それどころか、全組織の開血解放、全開放を行ったのだ。

 早く助けに行かないと、イサクが人魔になってしまう。

 こんなところで油を売っている場合ではない。

 真音子の表情に焦りが見えた。

 その焦りは、真音子の動きを雑にする。


 屋上の端へと追いつめられる真音子

「それを渡してもらいましょうか」

 セレスティーノは、格好をつけながら問いかけた。

 真音子は怒鳴る。

「やかましい! このスケコマシが! そこをどかんかい!」

 セレスティーノをにらみつける。

「そうですか、私としては、貴女自身でもいいのですが?」

「お前の様なゲスに、くれてやるもんなぞあるか! ボケェっ!」

「仕方ないですね……少々痛いですが、我慢してくださいね……」

 剣を正面に構えると目を閉じた、闘気の流れが渦巻いていく。

「鏡花水月!」

 次の瞬間、真音子の体が宙を舞った。

 アガっ!

 真音子は、一瞬、何が起こったか分からなかった。

 そして、なぜ、自分がを舞っているのか、理解できなかった。

 ゆっくりと落ちていく真音子の意識。

 その意識の中で、タマホイホイがゆっくりと宙を舞う。

 あれは……私の……

 手を伸ばす真音子

 しかし、すでに、セレスティーノの手にタマホイホイが握られていた。


「なんだこれ……」

 セレスティーノは、タマホイホイをじーっと見つめる。

 その横をまっすぐに落ちていく真音子。

 セレスティーノが手だけを動かし、真音子の腕をつかんだ。

 ガクンっと真音子の体が落下を止めた。

 真音子の足元には深い地面が口を開けて待っていた。

 病院の屋上からぶら下がっている真音子。


「離せ!」

「落ちたら死にますよ……」

「離せと言ったら離さんかい! ワレ!」

「レディとしてその口の利き方はどうかと思いますよ。私のもとでレディの修行をしてみませんか?」

「何ぬかしとんじゃ! このボケ!」

「今なら私が直々に、手とり腰とり教えてあげますよ」

 にやりと笑うセレスティーノ腕が、真音子の腰に回っていく。

「アホか!お前に触られるぐらいなら死んだほうがましじゃ!」

 真音子は両足に力を込めてセレスティーノの胸を蹴り飛ばし、つかむ腕を振りほどいた。

 ――イサク……すまん!

 地面に向けて落ちていく真音子。


「お嬢ぉぉぉぉぉ!」

 イサクはスグルとの戦いを放棄した。

 セレスティーノの前の暗闇に向かって猛然と走り込む。

 呆気にとられるスグル。

 セレスティーノの横を駆け抜けるイサク

 そして、真音子を追って病院の屋上から地面へと飛び込んだ。

 イサクの背中からは赤い血しぶきがマントのように広がっていった。

 バカにするように見下ろすセレスティーノが、おもむろに剣を振ると、刃に残った残血が飛び散った。

 イサクが飛び込む一瞬、セレスティーノの一刀が、その背を切り裂いていた。


「あぁ……もったいない。あれは、絶対上玉だったのに……」

 残念そうにセレスティーノが首を振る。

「あれは……死んだかな……」

 スグルもまた、セレスティーノの横で地面を伺った。

 咄嗟に横を向くセレスティーノ

「貴様ぁ! まだいたのか!」

「おおっと……」

 スグルはさっと後ろに飛びのくと、距離をとった。

「やっぱり騎士相手は無理があるわ、と言うことで撤退!」

 スグルはオオカミの魔獣に戻ると、屋根沿いに走り去っていった。


 フン

 鼻で笑うセレスティーノは、開血解放を解いた。


「あいつらの目的はこれですか。どうやら人魔もこれを目当てに寄ってきたようですね」

 手に持つタマホイホイを眺めながらつぶやいた。

「とりあえず、人魔管理局のソフィア様にでも渡して、恩でも売っておきますか。たしか、ソフィア様はアルダイン様のお気に入り。アルテラさまをめとるときの後押しをしてくれるかもしれませんしね」


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